藤森神社(ふじのもりじんじゃ)は、京都市伏見区にある神社です。
その歴史は古く、社伝によると今から約1800年前の弥生時代、神功皇后(じんぐうこうごう)が三韓征伐(さんかんせいばつ)を遂げた際の兵具を神様に奉納するために建てた塚が起源と言われ、素盞鳴命(スサノオノミコト)を中心とした祖神・一三柱を祀ります。
さて、みなさんご存知「こどもの日」としても知られる「菖蒲/端午の節句」。
実はこの節句、この神社が発祥の地と言われており、「菖蒲」と「尚武/勝負」をかけた「勝運を司る神社」でもあるんです。
その勝運にあやかるため、今や競馬関係者や競馬ファンの方々も多く参拝されるんだとか!
そんな藤森神社の見どころは、「境内二か所の紫陽花苑で咲き誇るあじさいの花」!
境内の紫陽花苑では毎年あじさい祭りが開催され、梅雨の時期にこそ楽しめるスポットとして賑わいます!
今回はそんな藤森神社を訪れてみました。
藤森神社の歴史
では、まずはじめに藤森神社の歴史と訪問する際に知っておきたいポイントを一緒に見て行きましょう!
藤森神社の創建は、社伝によるとなんと今から約1800年前の弥生時代!
日本の歴史上伝説の人物ともされる神功皇后(じんぐうこうごう)が三韓征伐(さんかんせいばつ)を成し遂げたのち、その兵具を神様に奉納するために建てた塚が起源と言われます。
794年には桓武天皇により「弓兵政所(ゆずえまんどころ)」の称号が与えられ、平安京遷都の成功が祈願され、その後遷都は無事に執り行われました。
まさに「遷都という一世一代の賭けに勝利した!」という訳なんですね。
こうした故事が重なることで、藤森神社は「勝運」を司る聖地としてその名が知られるようになりました。
ちなみに、社殿には邪気を払う軍神として名高い素盞鳴命(スサノオノミコト)を中心とした祖神・一三柱が祀られています。
こうして戦や勝利に関係深いとされた藤森神社では、毎年5月5日に「藤森祭(ふじのもりさい)」が催されることになり、神様の力を宿すとされる鎧兜を身にまとった武者行列が祭りを盛り上げたんだとか。
ん、5月5日・・・?
はい、実はこの藤森祭が「菖蒲/端午の節句」の起源だと言われています。
5月5日のこどもの日に「鎧兜をまとった五月人形」を飾るのは、このお祭りの武者行列にちなんでいるんですね!
ということで、まさに藤森神社は「勝利の御利益満載のパワースポット」!。
そのご利益にあやかろうと、現役のジョッキーさんや競馬ファンの方々も足しげく通われているんだとか。
てことで、一世一代の馬券を買うときはぜひ藤森神社にお参りしてから買いましょう!
え、効果はあるのかって?
「信じるか信じないかは、あなた次第です」。
おしまい。
藤森神社について
神社のWebサイト
神社の詳細
住所:〒612-0864 京都市伏見区深草鳥居崎町609
連絡先:075-641-1045
創建:203年(社伝)
主祭神:素盞鳴命(スサノオノミコト)
拝観時間
境内 | いつでも可能 |
紫陽花苑 | 9:00~17:00 |
拝観料
境内 | 無料 |
紫陽花苑 | 300円 |
その他注意点
・写真/動画撮影可能な場所や一脚/三脚の利用可否は、必ず係員に確認しましょう。
・神社やお寺の正式な参拝方法は以下の記事を参考にしてください。
では次に、藤森神社の見どころを訪問時の写真を参考に振り返ってみたいと思います!
藤森神社の見どころ
- 石造鳥居
- 第一紫陽花苑*
- 蒙古塚
- 参集殿/宝物館
- かへし石
- 絵馬舎
- 藤棚
- 神馬像
- 手水舎
- 拝殿
- 本殿【重要文化財】
- 斎館
- 藤森稲荷社
- 藤森七福神
- 不二の水
- 御旗塚
- 神鎧像
- 第二紫陽花苑*
- 八幡宮社【重要文化財】
- 祖霊社
- 七宮社
- 大将軍社【重要文化財】
- 天満宮社
- 舎人親王崇敬碑
- 金太郎像
「*」のついている見どころは有料エリアです。
最寄り駅のJR藤森駅や、京阪電車・墨染駅から歩いて向かうと、この南門の参道から参拝する形になります。
では南門を抜けつつ、境内の見どころを見ていきましょう!
石造鳥居
南門の参道では、江戸時代の1711年に建てられた石造鳥居(いしづくりとりい)が出迎えてくれます。
この鳥居にはその昔、後水尾天皇(ごみずのおてんのう)が書いた額が掲げられていました。
しかし、天皇が書いた額があるとたとえ武士であっても納刀・拝礼しなければならないしきたりを嫌い、新選組の一人・近藤勇(こんどういさみ)により額が外され、現在に至るんだとか。
第一紫陽花苑*
南門から続く参詣道の左手には、第一紫陽花苑(だいいちあじさいえん)があります。
街中にも関わらず、梅雨の時期には見事な紫陽花が咲き乱れますよ!
蒙古塚
奈良時代の781年に蒙古(中国)が日本に攻め寄せた際、早良親王(さわらしんのう)が大将軍となりこれを退け、打ち破った相手の大将首をこの蒙古塚(もうこづか)に埋めたんだそうです。
この話は早良親王を神格化するため、私たちが良く知る鎌倉時代に起きた二度の元寇(げんこう)のストーリーを重ね合わせたんだとも。
いずれにせよ、「勝運」を司る神社らしいエピソードですね。
参集殿/宝物館
参道をどんどん進んでいくと、右手に参集殿/宝物館(さんしゅうでん/ほうもつかん)が見えてきます。
参集殿ではお守りの購入や御朱印の記帳を行うことができます。
宝物館では藤森神社にのこる宝物が展示されており、無料で入場することが出来ました。
かへし石
その昔藤森神社の祭事の一つとして、これらのかへし石を拝殿から鳥居まで転がして力試しを競う競技があったんだとか。
一つ一つかなり大きな石なので、たいそうな力自慢が集まったんでしょうね・・・w
絵馬舎
参集殿の対面には、絵馬を奉納するための絵馬舎(えましゃ)があります。
かつてはこの建物が、神社の拝殿だったんだとか。
現在はその内部が休憩所としても利用されています。
藤棚
絵馬舎の隣には、小さな藤棚(ふじだな)が。
今でこそこれだけですが、その昔この地には大きな「藤の森」が広がっていたんだそうです。
これが、神社の名前が「藤森神社(ふじのもりじんじゃ)」になった由縁なんですね。
神馬像
参詣道のラストを飾るのは、勇壮な神馬像(しんめぞう)!
5月5日の藤森祭では、名物神事として昔より馬術の腕を競う「駈馬神事(かけうましんじ)」が催されてきています。
この神事により、藤森神社は「馬の神」としても崇められるようになり、「勝運の神様」とも相まって競馬ファンの信仰を集めているんでしょうね。
手水舎
では、手水舎(ちょうずしゃ)で身を清めつつ本殿に向かいたいと思います。
因みにこの手水舎の水鉢、宇治にある日本最大最古の十三重石塔が倒壊した際、かの有名な天下の大泥棒・石川五右衛門(いしかわごえもん)がその一部を盗んでここに置いたものと言われます。
あくまで想像上の話だそうですが、なんだかロマンを感じさせる話ですよね。
拝殿
本殿前に鎮座する拝殿(はいでん)は、旧御所・賢所(かしこどころ)の建物で、江戸時代の1712年に中御門天皇(なかみかどてんのう)により本殿と共に下賜されました。
良く見るとこの拝殿、建物の真ん中の木の板を外し通路とすることができる構造なんです。
この構造は「割拝殿(わりはいでん)」と呼ばれる珍しい造りなんだそうです!
本殿【重要文化財】
本殿(ほんでん)は、拝殿と同じく旧御所・賢所(かしこどころ)の建物で,江戸時代の1712年に中御門天皇(なかみかどてんのう)により下賜されました。
現存する旧御所の建物としては最古の歴史を持つそうで、内陣は中座・東座・西座に分かれ、素盞鳴命(スサノオノミコト)を中心とした祖神・一三柱を祀ります。
ではここから、本殿の周りをぐるっと一周してみたいと思います!
斎館
本殿に向かって右手には、斎館(さいかん)があります。
斎館には。神職が神事の前にその心身を清めるためにこもる建物としての役割があります。
現在は、舞楽や書道教室などのお稽古事が定期的に開かれているそうです。
藤森稲荷社
こちらは斎館の隣に鎮座している、藤森稲荷社(ふじのもりいなりしゃ)。
藤森神社の近辺には、稲荷神社の総本宮である伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)があります。
しかし伏見稲荷大社のふもとの土地は、実は元々この藤森神社の土地だったんです。
そうした縁もあり、こうしてお稲荷さんが勧請されているのかもしれませんね。
藤森七福神
こちらは藤森七福神(ふじのもりしちふくじん)の石像。
江戸時代の頃、藤森祭には「七福神行列」という出し物があったそうです。
いまは途絶えているらしいのですが、その復活を祈念し、こうして石像を祀っているんだとか。
不二の水
藤森七福神の隣でこんこんとわき続けているお水が、不二の水(ふじのみず)です。
二つとない美味しさという「不二(ふじ)」と「藤(ふじ)」をかけた名前になっているんですね。
地元の方がひっきりなしにペットボトルにお水を詰められていましたので、やっぱり美味しいんでしょうね。
御旗塚
藤森神社の創建の故事である、神功皇后(じんぐうこうごう)が建てた塚。
この御旗塚(みはたづか)はその塚が建てられた場所とされており、「いちいの木」の切り株が御神木として残されています。
この木には昔から「腰痛」に効くご利益があるそうで、かの新選組・近藤勇(こんどういさみ)も自身の腰痛の治癒を祈願して熱心にお参りしていたんだとか。
神鎧像
本殿右側を進むと見えてくるのが、この神鎧像(かむよろいぞう)。
藤森神社の神様が宿るとされるこの像は、端午の節句に飾る五月人形の原型とも言われています!
第二紫陽花苑*
本殿後方には、第二紫陽花苑があります。
第一紫陽花苑とあわせると、3500株以上の紫陽花が植えられているんだとか!
八幡宮社【重要文化財】
本殿の裏手には、藤森神社の摂社の数々が祀られています。
こちらは八幡神(やわたのかみ)を祀る八幡宮社(はちまんぐうしゃ)。
室町時代の1438年に第6代将軍・足利義教(あしかがよしのり)の寄進により建立され、重要文化財に指定されています。
祖霊社
八幡宮社のお隣には、この地の祖先の霊を祭る祖霊社(それいしゃ)が静かに鎮座しています。
七宮社
祖霊社のお隣は、七つの祠がずらっと横に並んだ七宮社(しちのみやしゃ)。
日本各地にある蔵王社、広田社、諏訪社、厳島社、住吉社、熊野社、天満社の七つの御霊が合祀されています。
大将軍社【重要文化財】
七宮社のお隣が、磐長姫命(いわながひめのみこと)を祀る大将軍社(だいしょうぐんしゃ)。
「大将軍」は陰陽道における四方を司る神様でもあるそうで、平安時代には都の東方の大将軍神社、西方の大将軍八神社、南方の藤森神社の大将軍社、北方の今宮神社境内の大将軍社が四方を守護していたんだとか。
八幡宮社と同じく、室町時代の1438年に第6代将軍・足利義教(あしかがよしのり)の寄進により建立され、重要文化財に指定されています。
天満宮社
大将軍社のお隣が、菅原道真(すがわらのみちざね)を祀る天満宮社(てんまんぐうしゃ)。
これで、本殿の後方に位置する摂社/末社はすべて見て回りました。
では続いて本殿の左側に行ってみましょう!
舎人親王崇敬碑
本殿左手には、舎人親王崇敬碑(とねりしんのうすうけいひ)があります。
舎人親王(とねりしんのう)は、飛鳥時代に「日本」という名を国号としたとされる天武天皇(てんむてんのう)の息子で、かの有名な日本書紀(にほんしょき)の編纂をつとめた文武両道に優れた人物でした。
よって、この石碑には受験合格や試合必勝の祈願などが多く寄せられるんだとか!
金太郎像
藤森神社の見どころラストを飾るのは、この愛らしい金太郎像(きんたろうぞう)。
金太郎は元気で心優しい男の子の象徴なので、菖蒲/端午の節句における室内の飾り物の定番の一つでもありますよね!
これで、藤森神社の見どころを一通り見て回ることが出来ました!
藤森神社の紫陽花
藤森神社の境内には二つの紫陽花苑があり、京都伏見のあじさいの名所として知られます。
紫陽花の見ごろは、毎年6月中旬~下旬ごろです!
藤森神社の動画
藤森神社の写真
藤森神社の御朱印
藤森神社の御朱印です。
通常期の朱印は「藤森神社」ですが、紫陽花祭りの時期は朱印が「紫陽花宮」となった限定御朱印が頂けます。
藤森神社への行き方/アクセス方法
藤森神社の最寄り駅は「京阪電車 墨染駅」か「JR藤森駅」です。
どちらの駅からも徒歩5分程度ですが、大阪駅や京都駅から行く場合は「JR藤森駅」、なんば駅から行く場合は「墨染駅」が便利です。
大阪駅からのルート例(電車)
①JR京都線で「大阪駅」から「京都駅」へ行き、JR奈良線に乗り換え。
②JR奈良線で「京都駅」から「JR藤森駅」へ。
なんば駅からのルート例(電車)
①大阪メトロ(地下鉄)で「なんば駅」から「淀屋橋駅」へ行き、京阪電車に乗り換え。
②京阪電車の特急で「淀屋橋駅」から「丹波橋駅」へ行き、普通に乗り換え。
③京阪電車の普通で「丹波橋駅」から「墨染駅」へ。
京都駅からのルート例(電車)
①JR奈良線で「京都駅」から「JR藤森駅」へ。
「JR藤森駅」からの徒歩ルート例
JR藤森駅から藤森神社までは約400m、徒歩5分です。
「京阪電車 墨染駅」からの徒歩ルート例
墨染駅から藤森神社までは約400m、徒歩5分です。
タクシーを使う場合
京都駅から:約2000円 (約20分)
河原町駅/祇園四条駅から:約2900円(約25分)
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・タクシーを呼びたい場合
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いかがでしたか?
それでは楽しい旅を!( *´艸`)