京都のお寺:泉涌寺(せんにゅうじ)の見どころと行き方

    • 日本語
    • English
    • 中文(繁體)

    泉涌寺-タイトル

    泉涌寺(せんにゅうじ)は、京都市東山区にある真言宗泉涌寺派総本山の寺院です。

    東山三十六峰の一つ、月輪山(つきのわやま)の麓に鎮座する境内は新緑や紅葉の名所としても知られ、平安時代初期に建てられた弘法大師・空海(くうかい)の草庵が寺院の起こりとされています。

    古くから皇室の菩提寺でもあり、境内には歴代天皇の墓所が立ち並ぶため、「御寺(みてら)」の尊称を持っています!

    そんな泉涌寺の見どころは「歴代天皇が愛された境内と、月輪山の大自然」!

    雄大な自然に囲まれた境内では、静寂で荘厳な時間を過ごせますよ!

    今回はそんな泉涌寺を訪れてみました。

    *いつも広告クリックありがとうございます。サイト運営の励みになります。


    Contents:

    1. 歴史
    2. 参拝の注意点
    3. 見どころ
    4. 塔頭寺院
    5. 動画・写真
    6. 御朱印
    7. 行き方
    8. 周辺のホテル検索・予約
    9. 周辺の観光スポット

    1.歴史

    では、まずはじめに泉涌寺の歴史を一緒に見て行きましょう!

    泉涌寺の歴史を刻むこま札

    歴史を刻むこま札

    泉涌寺は、平安時代初期にこの地に建立された弘法大師・空海(くうかい)の山荘が起こりとされています。

    創建当時は、法輪寺(ほうりんじ)と呼ばれていました。

    855年(斉衡二年)には、当時の左大臣を務めた実力者、藤原緒嗣(ふじわらのおつぐ)の寄進により寺領を拡大し、仙遊寺(せんゆうじ)と改称されました。

    歴史上二回も名前が変わっているお寺なんですね。

    泉涌寺-楊貴妃観音堂前の庭園風景

    楊貴妃観音堂前の庭園


    お寺が今のように大きくなったのは、鎌倉時代の1218年(建保六年)のこと。

    前身の仙遊寺は、源頼朝(みなもとのよりとも)の家臣・宇都宮信房(うつのみやのぶふさ)の所有でしたが、既に荒廃しちゃっていました。

    そこで、扱いに困った信房は仏教の師と仰いだ月輪大師・俊芿(しゅんじょう)にお寺を寄進し再興してもらうことにしました。

    信房「俊芿律師!あなたを慕う証として、お寺を差し上げます!」

    信房「まぁ、ぼろぼろだからどうしてよいか分からんお寺なんですけどね・・・ボソッ。

    俊芿「ん?何かぼろぼろとか聞こえたけど、気のせいか?」

    信房「ききき気のせいデスヨー。」

    俊芿律師が寄進されたお寺に行ってみたところ・・・、

    俊芿「おぃいい、ほんとにぼろぼろやないか

    俊芿「まぁしゃーない、いっちょ頑張って復興さしたろか!」

    てことで、俊芿律師はお寺の再興を託されるや否や東奔西走!

    結果、後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)を筆頭とした時の有力者達の支援を得ることに成功、1226年(嘉禄2年)には境内に立派なお堂が立ち並ぶまでになります。

    このお堂建立時に、地下から霊泉が湧き出したとされるため「霊泉が湧く寺」=「泉涌寺(せんにゅうじ)」という現在の名前になりました。

    この活躍により、俊芿律師はこの泉涌寺の中興の祖、真言宗泉涌寺派の宗祖としても崇められるようになったんです。

    俊芿「わし、めっちゃ頑張った!!」

    泉涌寺-大門から眺める仏殿

    降り参道から望む仏殿


    また、1242年(仁治3年)に四条天皇(しじょうてんのう)の葬儀がこの泉涌寺で行われ、これを皮切りに数多くの歴代天皇の葬儀がここ泉涌寺で執り行われました。

    こうした皇室との深い関わりから、いつの日か「御寺(みてら)」の尊称がついたんですね。

    泉涌寺-総門の看板

    総門の看板


    その後、明治時代の神仏分離(しんぶつぶんり)の政策に伴う廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)により、領地や陵墓が明治政府により没収。

    そのため明治時代以後は、この地で天皇の葬儀を行うことは無くなりましたが、歴代天皇の眠る陵墓は今でも数多く境内に遺されています。

    泉涌寺-拝跪聖陵(はいきせいりょう)の石柱

    天皇陵の入口を示す拝跪聖陵(はいきせいりょう)の石柱


    ちなみに明治天皇は「帝国陸軍青山練兵所(現在の神宮外苑)」、大正天皇と昭和天皇は「新宿御苑」で葬儀が営まれています。

    天皇の葬儀は古の都「京都」から、近代日本の中心地「東京」へ。

    時代の流れを感じますね。

    おしまい。


    2.参拝の注意点

    住所:〒605-0977 京都市東山区泉涌寺山内町27
    連絡先:075-561-1551
    創建:856年
    開基:神修上人(しんしゅうじょうにん)
    宗派:真言宗泉涌寺派(しんごんしゅうせんにゅうじは)
    本尊:三世仏(さんぜぶつ)

    泉涌寺境内への入場は「有料」です!

    ■拝観時間

    3月~11月9:00~16:30(17:00閉門)
    12月~2月9:00~16:00(16:30閉門)

    ■拝観料

    区分伽藍拝観特別拝観
    大人500円300円
    子供(中学生以下)300円無料

    拝観料は、「伽藍拝観料」と「特別拝観料」の2種類あります。

    「伽藍拝観料」は境内への入場料、「特別拝観料」は御座所や庭園へ入場するための追加入場料です。

    各入場料で拝観可能な施設は、「3.泉涌寺の見どころ」にまとめています!

    全て見て回る場合は、「500円」+「300円」=「800円」ですね。

    折角訪れるのであれば、全て拝観されることをおススメします。

    特に紅葉の時期は、御座所庭園がとても綺麗ですのでぜひ行ってみてください!

    ・建物内部の写真撮影は禁止です。

    ・神社やお寺の違いや参拝方法は、以下の記事を参考にしてくださいね。

    では次に、泉涌寺の見どころを見て行きましょう!

    泉涌寺-パンフレット

    3.見どころ

    ・「*」印は伽藍拝観料で見学可能です。
    ・「**」印は特別拝観料で見学可能な施設です。
    ・「***」印は通常非公開の施設です。


    ・総門

    泉涌寺-総門

    泉涌寺-参道入口より望む総門


    ・大門【重要文化財】

    京都御所の内裏にあった門を、江戸時代の慶長年間に移築したもの。

    泉涌寺の山号「東山(とうざん)」の額を掲げるため、「東山門」とも呼ばれます。

    泉涌寺-大門

    本瓦葺き、切妻造の大門

    泉涌寺-御寺泉涌寺の石碑

    御寺(みてら)泉涌寺の石碑

    ・仏殿【重要文化財】*

    江戸時代の1668年(寛文八年)、江戸幕府四代将軍・徳川家綱(とくがわいえつな)の寄進による再建。

    それぞれ「現在・過去・未来」を現す三世仏(さんぜぶつ)のご本尊、「阿弥陀如来」「釈迦如来」「弥勒如来」を祀ります。

    泉涌寺-仏殿(重要文化財)

    本瓦葺き入母屋造りの重厚な仏殿

    泉涌寺-三世仏

    ご本尊の三世仏(パンフレットより)


    ・舎利殿*

    江戸時代の1668年(寛文8年)に、京都御所の御殿を移築したもの。

    「舎利」の名の通り、仏牙舎利(ぶつげしゃり)というお釈迦様の歯が納められています。

    天井には狩野山雪(かのうさんせつ)筆の「鳴き竜」が描かれています。

    泉涌寺-舎利殿

    釈迦の歯や韋駄天像を祀る舎利殿

    泉涌寺-舎利殿と仏殿

    境内に並び立つ舎利殿と仏殿


    ・勅使門*

    江戸時代後期、1845年(弘化二年)の再建。

    皇族や天皇の勅使が寺を訪れた際にのみ開門されます。

    泉涌寺-勅使門01

    御座所内側から望む勅使門

    泉涌寺-勅使門01

    御座所外側から望む勅使門


    ・御座所**

    御座所の拝観には、「特別拝観料」が必要です。

    向かって左側が入口の「本坊」、右側が「御座所」です。

    元々は、京都御所の「御里御殿(おさとごてん)」という建物で、1884年(明治十七年)に移築されました。

    泉涌寺-御座所

    並び立つ本坊と御座所

    泉涌寺-本坊

    菊花紋が掲げられた本坊入口の門


    ・御座所庭園**

    御座所庭園の拝観には、「特別拝観料」が必要です。

    1884年(明治十七年)、御座所が当地に移築された際に併せて整備された庭園。

    奥の築山を取り囲むように配された池、白砂と苔の調和が美しい庭園です。

    沢山のもみじの木が植えられているため、秋には素晴らしい紅葉が拝めます

    泉涌寺-御座所庭園01

    御座所庭園南側の風景

    泉涌寺-御座所庭園02

    御座所の縁側より望む庭園

    泉涌寺の紅葉01

    御座所庭園、晩秋の紅葉風景


    ・海絵堂**

    海絵堂の拝観には、「特別拝観料」が必要です。

    1873年(明治六年)、神仏分離令の影響により京都御所の仏間があった建物が移築されたもの。

    本尊の阿弥陀如来坐像をはじめ、歴代天皇の御念持仏が多数納められています。

    泉涌寺-海会堂

    御座所庭園奥にある土蔵造の海絵堂


    ・霊明殿***

    現在の建物は、1884年(明治十七年)に明治天皇(めいじてんのう)のご意向により宮内省が再建したもの。

    歴代天皇の御位牌が奉じられています。

    泉涌寺-霊明殿01

    桧皮葺、入母屋造、荘厳な雰囲気をまとう霊明殿

    泉涌寺-霊明殿02

    入口の扉には豪華な皇室紋の透かし彫り

    泉涌寺-霊明殿03

    随所に皇室菊紋の装飾が施されています

    ・月輪陵*

    境内の奥に広がる天皇の陵墓は、月輪陵(つきのわのみささぎ)と呼ばれます。

    内部は当然非公開ですが、鎌倉時代の第87代四条天皇から、江戸時代の第120代仁孝天皇までの25陵、5灰塚、9墓が営まれていると言います。

    泉涌寺-月輪陵01

    陵墓入口の煌びやかな唐門

    泉涌寺-月輪陵01

    手水舎も皇室の菊紋の形です


    ・開山堂【重要文化財】***

    周囲には歴代長老を弔う無縫塔(むほうとう)、開山堂内部には開山・俊芿律師を弔う無縫塔(むほうとう)が祀られてます。

    泉涌寺-開山堂

    月輪陵内の最奥にある開山堂


    ・浴室*

    江戸時代、寛文年間の再建と伝えられ、1897年(明治三十年)に現在の場所に移築されました。

    泉涌寺-浴室

    仏に仕える僧が身を清める場所として重要だった浴室


    ・泉涌水屋形*

    江戸時代初期、1668年(寛文八年)に再建された入母屋造こけら葺の建物。

    泉涌寺の名前の起源となった霊泉が、今もなおこの水屋形から湧き出ていると言います。

    泉涌寺-泉涌水屋形

    寺名の起源となった霊泉の脇に建つ水屋形


    ・楊貴妃観音堂*

    祀られている聖観音(しょうかんのん)は、その昔中国の唐の時代に政争に巻き込まれ命を落とした絶世の美女・楊貴妃(ようきひ)を模したもの。

    洛陽三十三所観音霊場の二十番札所、楊貴妃観音(ようきひかんのん)として縁結びのご利益を授かるとか。

    泉涌寺-楊貴妃観音堂01

    楊貴妃観音(聖観音)を祀るお堂

    泉涌寺-楊貴妃観音堂02

    楊貴妃観世音菩薩の扁額と楊貴妃の額

    泉涌寺-楊貴妃観音堂03

    堂内に安置される楊貴妃観音像(パンフレットより)


    ・心照殿*

    泉涌寺の寺宝や歴代天皇の御尊影、御遺品が展示されています。

    泉涌寺-心照殿

    楊貴妃観音堂の脇に建つ心照殿


    ・鎮守社*

    泉涌寺の鎮守、稲荷大明神(いなりだいみょうじん)を祀る鎮守社(ちんじゅしゃ)

    泉涌寺-鎮守社

    境内の森の中にひっそりと佇む鎮守社


    ・解脱金剛宝塔*

    戦後日本の混乱時に泉涌寺を手厚く支援したとされる、新宗教・解脱会(げだつかい)の創始者・岡野聖憲を弔う宝塔。

    泉涌寺-解脱金剛宝塔

    境内西にそびえる解脱金剛宝塔


    4.塔頭寺院

    泉涌寺は現在九つの別院、塔頭寺院を擁します。


    ・今熊野観音寺

    最大の規模を誇る塔頭寺院の一つ。泉涌寺境内の北側に鎮座します。

    平安時代の807年(大同二年)、弘法大師・空海(くうかい)による建立、十一面観世音菩薩をご本尊とします。

    泉涌寺塔頭-今熊野観音寺の御朱印

    今熊野観音寺「本堂」と「大悲殿(だいひでん)」の御朱印


    ・雲龍院

    泉涌寺の別院であり、境内の南側に鎮座します。

    南北朝時代の1372年(応安五年)、後光厳天皇(ごこうごんてんのう)の勅願による建立、薬師如来をご本尊とします。

    ▽訪問記事はこちら▽

    泉涌寺別院-雲龍院の御朱印01

    雲龍院書院「悟りの窓」と「龍華殿(りゅうげでん)」の御朱印


    ・来迎院

    境内の北側に鎮座する塔頭です。

    平安時代初期の806年(大同元年)、弘法大師・空海(くうかい)による建立、阿弥陀如来をご本尊とします。

    泉涌寺塔頭-来迎院の御朱印01

    来迎院「山門」と「廣福殿(こうふくでん)」の御朱印


    ・善能寺

    境内の北側、来迎院と相対する場所に鎮座する塔頭です。

    平安時代の823年(弘仁十四年)、弘法大師・空海(くうかい)による建立、聖観音をご本尊とします。

    善能寺の御朱印は、泉涌寺で頂くことができます。

    泉涌寺塔頭-善能寺の御朱印01

    善能寺「山門」と「聖観音(しょうかんのん)」の御朱印


    ・新善光寺

    泉涌寺参道に鎮座する塔頭です。

    鎌倉時代の1243年(寛元元年)、値願念西による建立、阿弥陀如来をご本尊とします。

    泉涌寺塔頭-新善光寺の御朱印01

    新善光寺「本堂」と「阿弥陀如来(あみだにょらい)」の御朱印


    ・戒光寺

    泉涌寺参道に鎮座する塔頭です。

    鎌倉時代の1228年(安貞二年)、浄業曇照による建立、釈迦如来をご本尊とします。

    泉涌寺塔頭-戒光寺の御朱印01

    戒光寺「山門」と「丈六殿(じょうろくでん)」の御朱印


    ・法音院

    泉涌寺参道、戒光寺に相対する場所に鎮座する塔頭です。

    鎌倉時代末期の1326年(嘉暦元年)、無人如導による建立、不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん)をご本尊とします。

    泉涌寺塔頭-法音院の御朱印01

    法音院「山門」と「大悲閣(だいひかく)」の御朱印


    ・即成院

    泉涌寺参道のはじめに鎮座する塔頭です。

    平安時代の創建と伝わりますが、正確な時期は不詳です。

    橘俊綱による建立、阿弥陀如来をご本尊とします。

    泉涌寺塔頭-即成院の御朱印01

    即成院の「山門」と「阿弥陀如来(あみだにょらい)」の御朱印


    ・悲田院

    泉涌寺参道から少し奥まった高台に鎮座する塔頭です。

    鎌倉時代の1308年(延慶元年)、無人如導による建立、阿弥陀如来をご本尊とします。

    泉涌寺塔頭-悲田院の御朱印01

    悲田院の「山門」と「阿弥陀如来(あみだにょらい)」の御朱印


    5.動画・写真

    Sennyu-ji Temple (Higashiyama Ward, Kyoto):泉涌寺(京都市東山区)


    6.御朱印

    泉涌寺の御朱印は、歴代天皇の御尊牌を祀る「霊明殿(れいめいでん)」の墨文字です。

    また、皇室の菩提寺を表す「皇室香華院」、皇室の菊花紋「十六八重表菊」の朱印が押印されています。

    泉涌寺の御朱印01

    泉涌寺「仏殿」「舎利殿」の風景と御朱印

    こちらは洛陽三十三所観音霊場 二十番札所、楊貴妃観音堂の御朱印です。

    泉涌寺-楊貴妃観音堂の御朱印01

    泉涌寺-楊貴妃観音堂と御朱印


    7.行き方

    泉涌寺の最寄り駅は「京阪/JR 東福寺駅」です。(東福寺駅は、京阪電車とJRの両方が乗り入れています。)

    京都駅、祇園四条駅からバスで行くことも出来ます。

      乗換え案内

    ■大阪駅→東福寺駅の電車ルート例

    sennyuji-htg-12-jp

    ■なんば駅→東福寺駅の電車ルート例

    sennyuji-htg-13-jp

    ■京都駅→東福寺駅の電車ルート例

    sennyuji-htg-14-jp


    ■東福寺駅から徒歩で行く場合

    徒歩約20分(約1.2km)です。


    ■京都駅からバスで行く場合

      バス乗換え案内

    バス会社:京都市バス
    行先・系統:208系統[泉涌寺・東福寺行き] /88系統[東福寺行き](土日祝のみ)
    乗車バス停:京都駅前[乗り場D2]
    降車バス停:泉涌寺道
    運賃:230円
    所要時間:約15分

    ■[時刻表]208系統[泉涌寺・東福寺行き]

    ■[時刻表]88系統[東福寺行き](土日祝のみ)

    ■祇園四条駅からバスで行く場合

    バス会社:京都市バス
    行先・系統:207系統[清水寺・東福寺行き]
    乗車バス停:四条京阪前[乗り場A]
    降車バス停:泉涌寺道
    運賃:230円
    所要時間:約15分

    ■[時刻表]207系統[清水寺・東福寺行き]


    ■タクシーで行く場合

    京都駅から:約1,090 (約15)
    祇園四条駅から:約1,410円(約20分)

    ・タクシー運転手に行き先を告げたい場合

    sennyuji-htg-15

    ・タクシーを呼びたい場合

    taxi-call

    [タクシー配車連絡先: 京都駅周辺]


    8.周辺のホテル検索・予約


    9.周辺の観光スポット


    いかがでしたか?

    是非一度足を運んで見て下さい!!

    それでは楽しい旅を!( *´艸`)

    <日本・関西の観光情報はJapan’s Travel Manualで検索!!>
    <「どこよりも詳しい観光地への行き方を紹介するサイト」を目指しています。>