京都のお寺:雲龍院(うんりゅういん)の見どころと行き方

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雲龍院-タイトル

雲龍院(うんりゅういん)は京都市東山区にある、真言宗泉涌寺派別格本山の寺院です。

親寺である泉涌寺(せんにゅうじ)には現在九つの末寺があり、この雲龍院もそのうちの一つです。

南北朝時代、後光厳天皇(ごこうごんてんのう)の勅願により出来たため、「別格本山」という他の末寺よりも高い寺格を有しています。

そんな雲龍院の見どころは「書院から眺める窓越しの風景」!

皆さんは、「悟りの窓・迷いの窓」というものをご存知ですか?

京都にはこの禅の教えを体現する窓が二ヶ所あると言われており、一つが京都北部・鷹峯の源光庵(げんこうあん)、もう一つがここ雲龍院にあるんです。

四季折々に移り変わる丸窓越しの風景は、ゆっくりと自分の人生を見つめなおす場所に最適です!

今回はそんな雲龍院を訪れてみました。

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目次

  1. 歴史
  2. 参拝の注意点
  3. 見どころ
  4. 動画・写真
  5. 御朱印
  6. 行き方
  7. 周辺のホテル検索・予約
  8. 周辺の観光スポット

1.歴史

では、まずはじめに雲龍院の歴史を一緒に見て行きましょう!

雲龍院-こま札

歴史を刻むこま札

雲龍院は南北朝時代の1372年(応安五年)、北朝方の第四代・後光厳天皇(ごこうごんてんのう)の勅願寺として、真言宗の僧・竹巌聖皐(ちくがんしょうこう)を招き創建されました。

創建時には、写経(しゃきょう)を行う場所として「龍華殿(りゅうげでん)」というお寺が併せて作られたと言います。

雲龍院-参道

山門から参道を望む


このお寺の名前である「雲龍院(うんりゅういん)」、とても格好良い名前ですよね!

実は、龍は仏教を守護する八部衆の一つであり、昔からお寺の「名前」や「雲龍図(うんりゅうず)」に描かれ信仰されてきました。

このお寺の「雲龍(うんりゅう)」という名称も、こうした古事から来ているんでしょうね。

建仁寺-雲龍図

建仁寺法堂天井に描かれた「双龍図」


お寺はその後、後円融天皇(ごえんゆうてんのう)後小松天皇(ごこまつてんのう)といった、北朝方の歴代天皇の庇護を受ける事となります。

特に後円融天皇は「写経(しゃきょう)」に非常に熱心で、この雲龍院を写経の一大道場とするためこんなことを仰ったそうです。

「写経をする以上に、現世来世で行える良いことってあるんだろうか?」

「私は悪いこともしなかったつもりだが、特別良いことをした覚えもない。だから、おそらく輪廻転生からは逃れられないだろうな・・・。」

「だから、私は生きているうちにもっと徳をなすため、この雲龍院で毎年欠かさず如法写経会を行うぞ!」

はい、とっても信心深く正直で人間味溢れるお方だったんですねー。

さて、天皇の言葉にある輪廻転生。良く聞く言葉ですが、どんな意味があるか知っていますか?

仏教においては「生老病死」を四つの苦しみとしています。(「四苦八苦する」の「四苦」はここから来ています。)

ので、仏教では実は生きる事自体が「苦しみ」なんですね。

上記で出てきた「輪廻転生」は、たとえ死んでも「別の何か」に必ず生まれ変わる=「生き続ける限り苦しみからは逃れられない」という意味合いです。

ので、仏教では基本的に生きているうちに修行や徳を積むことで、「輪廻転生から抜ける」=「解脱(げだつ)」することを目的に頑張るんです。

後円融天皇は、「写経」を通して徳を積まれる事を選択されたんですね!

ということで、この雲龍院はその後写経道場として発展し、その名残として現在でも定期的に写経会が開かれています。

(仏教の宗派によって考え方は大きく異なります。また、かなりかいつまんで書いていますのであくまで参考程度に。)

雲龍院-書院01

書院-悟りの間からの眺め


しかし、栄枯盛衰は世の習い・・・。

室町時代の応仁の乱(おうにんのらん)により雲龍院は全焼、その力を長期間失うこととなります。

京都の名だたるお寺や神社は、応仁の乱でその多くが壊滅しちゃいますが、ここ雲龍院も例外ではなかったんですね。

その後、復興の転機が訪れたのは応仁の乱から百年以上も経過した江戸時代初期のころ。

後水尾天皇(ごみずのおてんのう)の信頼が厚かった如周正専(じょしゅうしょうせん)という僧が、その援助を受けて寺院を見事復興!!

やはり当時の天皇の権力は偉大!だったんですねー。

如周正専はこの活躍により、雲龍院の中興の祖として今も崇められています。

雲龍院-庭園の手水鉢

皇室紋をかたどった庭園の水琴窟


また、創建時の写経道場だった「龍華殿(りゅうげでん)」が、復興の際にここ「雲龍院(うんりゅういん)」に併合されました。

その写経道場こそが、この雲龍院の現在の本堂に当たる建物です。なので、本堂は今でも「龍華殿」と呼ばれているんですね。

今まで書いてきた通り、雲龍院は創建当時から復興に至るまで、皇室との深い関係がありました。

そのため、泉涌寺の数ある塔頭寺院の中でも唯一「別格本山(べっかくほんざん)」という高い寺格を有することとなりましたとさ。

おしまい。


2.参拝の注意点

■お寺の詳細

住所:〒605-0977 京都市東山区泉涌寺山内町36
連絡先:075-541-3916
創建:1372年(南北朝時代:応安五年)
開基:竹巌聖皐(ちくがんしょうこう)
宗派:真言宗泉涌寺派(しんごんしゅうせんにゅうじは)
本尊:薬師如来(やくしにょらい)

■拝観時間

9:00~17:00(16:30受付終了)

■拝観料

一般 400円
お抹茶付き 900円
お抹茶・写経体験付き 1500円

通常拝観の他に、お抹茶付き、写経体験付きといった拝観料があります。

仏教の経典である般若心経(はんにゃしんぎょう)を書く機会などはあまり無いと思うので、機会があれば是非チャレンジして見て下さい!

写経体験の詳細は、雲龍院のホームページに詳細が書かれています。

■その他注意点

・建物内部の写真撮影は禁止です。

・神社やお寺の違いや参拝方法は、以下の記事を参考にしてくださいね。

では次に、雲龍院の見どころを詳しく見て行きましょう!

雲龍院-パンフレット


3.見どころ

*のついている見どころは有料エリアです。


・勅使門(不明門)

本堂に続く「勅使門(ちょくしもん)」は通常固く閉ざされており、天皇や皇室関係の方々が来られる際にのみ開門されます。

そのため、「不明門(あけずのもん)」とも呼ばれています。

雲龍院-勅使門

本堂「龍華殿」より眺める勅使門


・山門

一般の参拝者は、勅使門の脇にあるこの山門(さんもん)から入場します。

雲龍院-山門

境内への入場口である「山門」

雲龍院-山門02

「西国薬師第四十番霊場」を表す山門の看板


・龍華殿*【重要文化財】

初期の建物は、室町時代の1389年(康応元年)、後円融天皇により建立されたが火事で焼失。

現在の建物は、江戸時代寛永年間の再建と伝わります。

創建当時の写経道場だったお寺の名前から、「龍華殿(りゅうげでん)」とも呼ばれています。

ご本尊の薬師如来を祀るこの地は、西国薬師四十九霊場(さいごくやくししじゅうくれいじょう)の第四十番霊場です。

雲龍院-龍華殿01

入母屋造り、こけら葺きの重厚な本堂

雲龍院-薬師如来三尊像

本堂内部の本尊「薬師如来三尊像」(画像はパンフレットより)


・書院*

庫裏や本堂の奥に位置、趣の異なる五つの間がしつらえてあります。

中でも「悟りの間」、「れんげの間」、「大輪の間」は、内から望む景色の素晴らしさで有名です。

雲龍院-書院01

清浄の間から望む書院


・悟りの間*

書院の一番奥にある「悟りの間」には、京都に二つしかないと言われる「悟りの窓」「迷いの窓」がしつらえてあります。

向かって左手の丸窓が「悟りの窓」、右手の四角窓が「迷いの窓」です。

まずは、誰もが持つ人生の苦しみ「四苦八苦(しくはっく)」を「角」で表す「迷いの窓」を見て自問自答。

その後、「悟りの境地」を「円」で表す「悟りの窓」を見ることで、「角を円くする=迷いを断ち切る」ことができる、とされています。

雲龍院-悟りの間01

「悟りの窓」「迷いの窓」から庭園を望む

雲龍院-悟りの間03

まずは「迷いの窓」で「四苦八苦」を感じ取る

雲龍院-悟りの間02

その後「悟りの窓」で「角(苦)が取れた悟りの境地」を味わう


・五色の紅葉*

書院「悟りの間」の奥庭には、五色に色づく紅葉があります。

毎年紅葉の終わりごろ11月末~12月上旬が見ごろとの事でしたので、お見逃し無く!

雲龍院-五色の紅葉

晩秋、紅葉終わりごろの「五色紅葉」


・れんげの間*

「れんげの間」では、四角いガラス窓がついた四組の雪見障子(ゆきみしょうじ)の景色が楽しめます。

向かって左の窓から「椿(つばき)」「灯篭(とうろう)」「楓(かえで)」「松(まつ)」という異なる風景が見えるように作られています。

まさに、悟りを得るための「詫び寂び」を体現したかのような、素晴らしい設えですね!

雲龍院-れんげの間01

朝日が差し込む早朝の「れんげの間」

雲龍院-れんげの間02

雪見障子のガラス窓から見る風景の移ろい


・大輪の間*

他の二つの間とは異なり、無心に庭園を楽しめる場所、それがこの大輪の間(だいりんのま)だと思います。

縁側に座るも良し、用意されている腰掛を使うも良し、ただただゆっくりと過ごす贅沢な時間を送れます。

雲龍院-大輪の間01

大輪の間から望む庭園の紅葉


・中庭*

書院の東側に広がる中庭は、全面が苔地で覆われ、随所に紅葉を楽しめる楓が配されています。

庭園にある二つの庭石は、豊臣秀吉が建立した京都の大仏殿の名残である礎石が使われているんだとか。

雲龍院-庭園03

境内中庭の紅葉風景

雲龍院-庭園02

庭園西側より霊明殿を望む

雲龍院-庭園01

書院「大輪の間」縁側から望む庭園


・霊明殿*

明治時代の1868年(明治元年)の再建。

北朝方及び、後水尾天皇(ごみずのおてんのう)から孝明天皇(こうめいてんのう)までの歴代天皇の御尊牌が奉安されていると言います。

雲龍院-霊明殿01

瓦葺き、入母屋造りの「霊明殿」


・石灯篭*

霊明殿の前庭には、江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜(とくがわよしのぶ)が寄進した石灯籠が配されています。

白砂には、皇室の菊花紋の文様が綺麗に施されています。

雲龍院-霊明殿の石灯籠

白砂の菊花紋の上に建つ「石灯籠」


・庫裏

雲龍院-庫裏

僧侶の居住する場所である「庫裏」


・走り大黒天*

庫裏の台所に祀られている大黒天像は、わらじ履き、怒りの形相で走る姿をした珍しい大黒天です。

大黒天と言えば、「小槌を持った温和な姿」を思い起こしますが、それは日本の神道と習合した姿。

もともとの大黒天は「戦いの神様」、この大黒天のように「憤怒」の表情をしていたんだとか。

泉山七福神巡り(せんざんしちふくじんめぐり)の第五番札所です。

雲龍院-走り大黒天

雲龍院-庫裏に祀られる「走り大黒天」(画像はパンフレットより)


・鐘楼

雲龍院-鐘楼

参道左手にある「鐘楼」


・鎮守社

雲龍院-鎮守社

参道入口左手の奥にある「鎮守社」


4.動画・写真

Unryu-in Temple (Higashiyama Ward, Kyoto):雲龍院(京都市東山区)


5.御朱印

雲龍院の御朱印は、本尊の薬師三尊を祀る本堂の名前「龍華殿(りゅうげでん)」の墨文字。

右上には、皇室の菩提寺を表す菊花紋「十六八重表菊」の朱印です。

「悟りの窓」の風景と「龍華殿」の御朱印

こちらは、泉山七福神巡りの御朱印です。

泉山七福神巡りの一尊「大黒天」の墨文字、右上に「京都 七福神大黒天」、真ん中には「大黒天を表す梵字「マ」」の朱印です。

雲龍院-御朱印「大黒天」

「れんげの間」の風景と「大黒天」の御朱印


6.行き方

雲龍院は、泉涌寺の境内南側にあります。

泉涌寺の最寄り駅は「京阪/JR 東福寺駅」です。(東福寺駅は、京阪電車とJRの両方が乗り入れています。)

京都駅、祇園四条駅からバスで行くことも出来ます。

  乗換え案内

■大阪駅→東福寺駅の電車ルート例

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■なんば駅→東福寺駅の電車ルート例

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■京都駅→東福寺駅の電車ルート例

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■東福寺駅から徒歩で行く場合

徒歩約20分(約1.2km)です。


■京都駅からバスで行く場合

  バス乗換え案内

バス会社:京都市バス
行先・系統:208系統[泉涌寺・東福寺行き] /88系統[東福寺行き](土日祝のみ)
乗車バス停:京都駅前[乗り場D2]
降車バス停:泉涌寺道
運賃:230円
所要時間:約15分

■[時刻表]208系統[泉涌寺・東福寺行き]

■[時刻表]88系統[東福寺行き](土日祝のみ)

■祇園四条駅からバスで行く場合

  バス乗換え案内

バス会社:京都市バス
行先・系統:207系統[清水寺・東福寺行き]
乗車バス停:四条京阪前[乗り場A]
降車バス停:泉涌寺道
運賃:230円
所要時間:約15分

■[時刻表]207系統[清水寺・東福寺行き]


■タクシーで行く場合

京都駅から:約1,090 (約15)
祇園四条駅から:約1,410円(約20分)

・タクシー運転手に行き先を告げたい場合

unryuin-htg-01

・タクシーを呼びたい場合

taxi-call

[タクシー配車連絡先: 京都駅周辺]


7.周辺のホテル検索・予約


8.周辺の観光スポット


いかがでしたか?

是非一度足を運んで見て下さい!!

それでは楽しい旅を!( *´艸`)

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