世界遺産”古都京都の文化財”:「二条城」の見どころと行き方

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二条城(にじょうじょう)は、京都市中京区二条通堀川通西入二条城町にある、1603年江戸時代(えどじだい)に築城されたお城です。

「二条城」と呼ばれたお城や館は日本史の歴史上、複数存在していました。
現在の二条城は、徳川家康(とくがわいえやす)によって建てられ、徳川家光(とくがわいえみつ)いよって改修されたものです。

ここは、徳川家康将軍宣下(しょうぐんせんげ)と、徳川慶喜(とくがわよしのぶ)大政奉還(たいせいほうかん)が行われた、江戸幕府(えどばくふ)の始まりと終焉の場所でもあるんです。
日本の歴史ファンなら絶対見逃すことの出来ないスポットですね。

二条城は、その全体が1939年に「旧二条離宮(二条城)」として国の史跡に指定されています。 
また、「古都京都の文化財」の一つとして世界遺産に登録されており、「ミシュラングリーンガイド★★」にも指定されています。

今回はそんな二条城を訪ねてきました。

*この記事はメニューから言語の切替が可能です。(As for this article, the choice of the language is possible from the menu.)

Contents:

  1. 世界遺産「古都京都の文化財」について
  2. 二条城の歴史について
  3. 二条城について
  4. 拝観の注意点
  5. 二条城の見どころ
  6. 二条城の写真一覧
  7. 二条城の御朱印
  8. 二条城の行き方・アクセス方法
  9. 二条城周辺のホテル検索・予約

1.世界遺産「古都京都の文化財」について

古都京都の文化財」とは、京都にある17か所の寺社仏閣で構成されている日本が誇る世界遺産です!

↓「古都京都の文化財」の詳細はコチラ↓

二条城は「古都京都の文化財」の一つとして、世界遺産に指定されています。
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2.二条城の歴史について

二条城の紹介をする前に、ちょっとこのお城についての歴史を勉強をしてみましょう。
そうすることで、行った際に、より一層楽しめると思います。(○´艸`)

*一部創作的な表現をしており、史実とは異なる場合があるので悪しからず・・・。

二条城は過去の歴史上複数あった!!」って知ってました!?

実は日本の歴史において、「二条城」と呼ばれているお城は全部で5つもあったんですよ。(諸説あり。)

現存している二条城は、皆さんご存知の通り徳川家康(とくがわいえやす)の命令により建てられたもので、徳川政権であった江戸幕府(えどばくふ)の始まりと終わりの場所ですね。

しかし、過去の歴史を遡ると、現在の二条城とは別の二条城が複数あり、そのいずれもが日本史上、重要な役割を果たしていたんですねー。
室町時代(むろまちじだい)以降、日本の歴史上の重要人物は、ほぼ全員二条城と何らかの関わりがあった、といっても過言ではありません。

まさに二条城は「事故(事件)発生多発地点」だったんですね。

てことで、タイムスリップしてみましょう・・・!!

まずは一つ目と二つ目の二条城があった室町時代後半

一つ目の二条城は、1559年の室町時代に室町幕府第13代将軍、剣聖将軍と謳われた足利義輝(あしかがよしてる)が建てたものです。
(足利義輝は剣豪として名を馳せた塚原卜伝(つかはらぼくでん)の直弟子であったので、武勇に秀でた将軍=剣聖将軍と言われています。)

このお城はお城と言うよりも邸宅のような規模だったそうです。

しかし、足利義輝は1568年永禄の変(えいろくのへん)と呼ばれる事件により、この二条城で三好三人衆(みよしさんにんしゅう)によって倒されちゃいました。

足利義輝<「幕府の将軍は偉いんだぜ。えっへん。京都に立派な屋敷建てて、政治も俺が全部やっちゃうぜー!!うひょー。」
三次三人衆<「義輝は剣の腕が立つだけの脳筋バカじゃねぇか・・・。こんな奴に政治されたら叶わんわ。謀反起こしたろ。二条城に攻め込めー。」

義輝さん・・・、合掌。ちーん。

二つ目の二条城は、1569年室町時代織田信長(おだのぶなが)室町幕府15代(最後の)将軍の足利義昭(あしかが よしあき)のために建てたもの。

このお城は、一つ目のお城をリフォームして建てられました。

当初、織田信長足利義昭はお互いの利害が一致していたので仲良しだったんですね。
(信長は「幕府の権力が欲しい」、義昭は「信長の武力が頼もしい」というWIN-WINの関係でした。)

しかし、その後2人は喧嘩別れし、1573年槇島城の戦い(まきしまじょうのたたかい)で激突。
この戦いは信長の勝利に終わり、これが原因で200年以上続いた室町幕府は終焉しちゃいます。

その結果、結局要らなくなった二つ目の二条城は解体されちゃいます。

織田信長<「室町幕府の権力と威光を上手く利用したろ。せや、二条城をリフォームして恩売っとこか。」
足利義昭<「おぉ、信長ありがと。でもあいつ何か胡散臭ぇな。やっぱ幕府の権力は使わせんわ。」
織田信長<「何やとこら!」
足利義昭<「やるかこら!・・・ってやっぱ信長強かったわ・・・がくっ。」
織田信長<「ほんま使えん将軍やったなー。もう室町幕府は解体したろ。ついでに必要なくなった二条城も解体やで。」

義昭さん・・・、合掌。ちーん。

そして室町時代が終焉し、時は戦国(せんごく)安土桃山時代(あづちももやまじだい)

三つ目の二条城は、1579年安土桃山時代に、織田信長が上洛した際の宿所として建てたもの。
この建物は、結局皇太子の誠仁親王(さねひとしんのう)に寄進されたので、「二条新御所(にじょうしんごしょ)」とも呼ばれました。

この建物は、以前の建物とは別の建物です。

しかしこの建物は、信長が討ち死にした本能寺の変(ほんのうじのへん)から始まった一連の戦いにより壊されてしまいました。

織田信長<「京都に別荘が欲しいわ。よっしゃいっちょ作ったろ。」
織田信長<「作ったはいいけど、あんまり使わんわ。せや、皇族に恩売るために皇太子に献上したろ。」
誠仁親王<「おー、信長ありがと。って何か明智光秀(あけちみつひで)が攻めてきたんですけどー!!」
あの世の織田信長<「あー、悪ぃ、俺本能寺の変で死んでしもたわ。」

信長さん・・・、合掌。ちーん。

四つ目の二条城は、1583年安土桃山時代に、豊臣秀吉(とよとみひでよし)が京都の拠点として利用するために建てたもの。

このお城は、妙顕寺(みょうけんじ)というお寺を移転させた跡地に建てられたので、「妙顕寺城(みょうけんじじょう)」とも呼ばれていました。 

このお城も現在既にありません。が、何故無くなったのかが不明なんですよね・・・。知ってる方いたら教えてください。

豊臣秀吉<「京都に別荘が欲しいわ。信長の真似とちゃうで。ぬ、良い場所に寺があるやないか。ちょっと立ち退けやこら。」
妙顕寺<「えぇー、まじっすか・・・。」

四つ目の二条城さん・・・、いつの間に無くなったんすか。

そして時は流れ徳川家康(とくがわいえやす)の時代。

5つ目の二条城が現在の二条城です。
このお城は、1603年江戸時代に、徳川家康が京都の拠点として利用するために建てたものです。

んで、現在の二条城の形は、1626年後水尾天皇(ごみずのおてんのう)行幸(みゆき)に備えて、江戸幕府三代将軍の徳川家光(とくがわいえみつ)が改修して完成したものです。 

このお城では、徳川家康将軍宣下(しょうぐんせんげ)と、徳川慶喜(とくがわよしのぶ)大政奉還(たいせいほうかん)が行われました。
まさに日本の一時代を築いた江戸幕府の始まりと終焉の場所!なんですね。

徳川家康<「京都に別荘が欲しいわ。信長や秀吉の真似とちゃうで。ついでにそこで征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に任命されちゃうぜ!!」
徳川家光<「タヌキじじい(家康)が建てた二条城ちょっと小せぇな。天皇が見に来るらしいし、派手にリフォームしたろか!!」
徳川慶喜<「時代が変わっちゃったので二条城で実権を天皇に返すぜ。(本音:「あー、返したくねぇえええ!!」)」

江戸幕府さん・・・、合掌。ちーん。

まぁこんな感じで、二条城を軸に歴史を振り返ると織田信長豊臣秀吉徳川家康三英傑(さんえいけつ)は勿論、当時の主要キャラ大集合と言った場所だったんですね。

さすが古の都、京都にある(あった)お城。

結論「事件は会議室で起きてるんじゃない!!二条城で起きているんだ!!(古い)」

おしまい。

3.二条城について

二条城(にじょうじょう)は、京都市中京区二条通堀川西入二条城町にある、江戸時代に造営された日本の城である。京都市街の中にある平城で、後述する足利氏、織田氏、豊臣氏、徳川氏によるものがあるが、現在見られるものは徳川氏によるものである。また、後の近代において二条城は京都府の府庁や皇室の離宮として使用された。城内全体が国の史跡に指定されている他、二の丸御殿(6棟)が国宝に、22棟の建造物と二の丸御殿の障壁画計1016面が重要文化財に、二の丸御殿庭園が特別名勝に指定されている。さらに1994年(平成6年)にはユネスコの世界遺産(世界文化遺産)に「古都京都の文化財」として登録されている。
引用(citation):https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E6%9D%A1%E5%9F%8E

開門時間:8:45-17:00
参拝料:600円(大人),350円(中・高校生),200円(小学生)
住所:〒604-8301 京都市中京区二条通堀川西入二条城町541
連絡先:075-841-0096
創建:1603年
築城主:徳川家康

二条城(にじょうじょう)は、京都市中京区二条通堀川通西入二条城町にある、1603年江戸時代(えどじだい)に築城されたお城です。
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二条城はその全体が、1939年に「旧二条離宮(二条城)」として国の史跡に指定されています。 
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また、二の丸御殿が国宝に、22棟の建造物と二の丸御殿にある計954点の障壁画が重要文化財に、二の丸庭園が特別名勝に指定されています。
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この二条城は、徳川家康将軍宣下(しょうぐんせんげ)と、徳川慶喜(とくがわよしのぶ)大政奉還(たいせいほうかん)が行われた、江戸幕府の始まりと終焉の場所でもあるんですね。
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それでは二条城の見どころを見ていきましょう!!
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4.拝観の注意点

・改修工事のため、入口が「東大手門」から「北大手門」に変わっています。(2016年12月14日 ~ 2017年3月21日)
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・二の丸御殿の内部はビデオ、写真撮影は禁止です。

・場内では三脚や一脚の使用は禁止です。

ルールを守って参拝しましょう。

5.二条城の見どころ

「*印」のついている見どころは有料エリアです。(This seal (*) is a pay area.)

東南隅櫓(重要文化財):Tonan Sumiyagura (Southeast Corner Tower)(Important cultural property)

こちらが江戸時代1603年頃に建てられた、重要文化財東南隅櫓(とうなんすみやぐら)です。
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二条城の創建当初は四墨にが組まれていましたが、1788年に起きた天明の大火(てんめいのたいか)によって、現在はこの東南と西南の二つのが残っています。
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西南隅櫓(重要文化財):Seinan Sumiyagura (Southwest Corner Tower)(Important cultural property)

こちらが江戸時代1603年頃に建てられた、重要文化財西南隅櫓(せいなんすみやぐら)です。
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東大手門(重要文化財):Higashi Ote-mon Gate(Important cultural property)

こちらが江戸時代1662年に建てられた、重要文化財東大手門(ひがしおおてもん)です。
通常期の二条城の入口です。(2017年3月まで工事中のため、入口は北大手門になっています。)
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北大手門(重要文化財):Kita Ote-mon Gate(Important cultural property)

こちらが江戸時代1603年頃に建てられた、重要文化財北大手門(きたおおてもん)です。
(2017年3月末まで、こちらの門が二条城の入口になっています。)
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西門(重要文化財):Nishi-mon Gate(Important cultural property)

こちらが江戸時代前期に建てられた、重要文化財西門(にしもん)です。
非常時に、土砂などで埋めて塞ぐことを想定して作られた門なので、「埋門(うずみもん)」とも呼ばれています。
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南門:Minami-mon gate

こちらが大正時代1915年に建てられた、南門(みなみもん)です。
この門は、大正天皇(たいしょうてんのう)の即位に際して作られた所謂勅使門であり、正式な城門ではありません。
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唐門(重要文化財)*:Kara-mon Gate(Important cultural property)*

こちらが江戸時代1603年頃に建てられた、重要文化財唐門(からもん)です。
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この門は後水尾天皇(ごみずのおてんのう)行幸(みゆき)に合わせて、江戸時代1625年頃に改修されています。
二の丸御殿の正門としての役割があり、絢爛豪華な装飾が施されています。
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二の丸御殿(国宝)*:Ninomaru Palace(National Treasure)*

二の丸御殿(にのまるごてん)は、「車寄(くるまよせ)」「遠侍(とおざむらい)」「式台(しきだい)」「大広間(おおひろま)」「蘇鉄の間(そてつのま)」「黒書院(くろしょいん)」「白書院(しろしょいん)」という6つの建物が廊下で繋がり一体となった建物です。
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車寄(国宝)*:Kurumayose(Carriage Porch)(National Treasure)*

こちらが二の丸御殿の玄関に当たる、国宝車寄(くるまよせ)です。
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遠侍(国宝)*:Tosaburai(Retainer’s Rooms)(National Treasure)*

こちらが二の丸御殿の控え室に当たる、国宝遠侍(とおさぶらい)です。
(二条城へ参上した各大名が、控え室として利用した建物です。)
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式台(国宝)*:Shikidai(Reception Room)(National Treasure)*

中央の建物が、二の丸御殿の挨拶の間に当たる、国宝式台(しきだい)です。
(この建物で各大名が老中と挨拶をし、献上品を取り次ぎました。)
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大広間・蘇鉄の間(国宝)*:O-hiroma, Sotetsu-no-ma(National Treasure)*

こちらが、二の丸御殿の謁見の場に当たる、国宝大広間(おおひろま)です。
(この建物で諸大名が将軍と謁見しました。)
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また、この建物は徳川慶喜(とくがわよしのぶ)大政奉還(たいせいほうかん)を発表した場所でもあります。
ちなみに、蘇鉄の間は(そてつのま)は、この「大広間」と「黒書院」をつなぐ渡り廊下のことです。(写真右側。)
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黒書院(小広間)(国宝)*:Kuro Shoin (Shohiroma)(National Treasure)*

こちらが、二の丸御殿の会議室に当たる、国宝黒書院(くろしょいん)です。
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この建物は、江戸幕府の重鎮達が会議を行う場であり、親しい人物しか入ることを許されませんでした。
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白書院(御座の間)(国宝)*:Shiro Shoin (Goza-no-ma)(National Treasure)*

こちらが、二の丸御殿の居住スペースに当たる、国宝白書院(しろしょいん)です。
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この建物は将軍が普段利用していた居間・寝室スペースです。
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台所(重要文化財)*:Daidokoro(Kitchen)(Important cultural property)*

こちらが、二の丸御殿の調理場に当たる、重要文化財台所(だいどころ)です。
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御清所(重要文化財)*:Okiyo-dokoro(Important cultural property)*

こちらが、二の丸御殿の調理場に当たる、重要文化財御清所(おきよどころ)です。
台所と同じく、調理を担当していた建物です。
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二の丸庭園(特別名勝)*:Ninomaru Garden(Special Scenic Spot)*

二の丸にある、二の丸庭園は特別名勝(とくべつめいしょう)に指定されています。
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こちらの庭園は、江戸時代の名作庭家である小堀遠州(こぼりえんしゅう)により造営された、池泉回遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)です。
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この庭園は八方から眺められるデザインになっています。
それを、中国三国時代の名軍師である諸葛孔明(しょかつこうめい)が考案した八陣に例え「八陣の庭(はちじんのにわ)」とも呼ばれています。
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土蔵(重要文化財)*:Dozo(Storehouse)(Important cultural property)*

こちらが二の丸御殿の北に位置する、重要文化財土蔵(どぞう)です。
当時は米を貯蔵する米蔵として利用されていました。
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本丸櫓門(重要文化財)*:Honmaru Yagura-mon Gate(Important cultural property)*

こちらが江戸時代1626年頃に建てられた、重要文化財本丸櫓門(ほんまるやぐらもん)です。
二条城本丸への入口の役割を持ちます。
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本丸御殿(重要文化財)*:Honmaru palace(Important cultural property)*

2017年1月現在、本丸御殿の内部は非公開です。

本丸御殿(ほんまるごてん)は、「御常御殿(おつねごてん)」「玄関(げんかん)」「御書院(ごしょいん)」「台所(だいどころ)」「雁之間(がんのま)」という5つの建物で構成されています。
本丸御殿は、京都御苑(きょうとぎょえん)にあった旧桂宮邸の御殿を移築したものです。
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御常御殿(重要文化財)*:Otsune Goten(Important cultural property)*

こちらが江戸時代末期の1849年に建てられた、重要文化財御常御殿(おつねごてん)です。
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御書院(重要文化財)*:Goshoin(Important cultural property)*

こちらが重要文化財御書院(ごしょいん)です。
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玄関(重要文化財)*:Genkan(Entrance hall)(Important cultural property)*

こちらが重要文化財玄関(げんかん)です。
旧桂宮邸の御殿は、京都御所にあった当時は孝明天皇(こうめいてんのう)の仮皇居にも使用された由緒正しき建物です。
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●台所・雁の間(重要文化財)*:Daidokoro(Kitchen),Gan-no-ma(Important cultural property)*

玄関の奥には、重要文化財台所(だいどころ)雁の間(がんのま)があります。
(内部は非公開のため、実際に見ることは出来ませんでした。)
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本丸庭園*:Honmaru Garden

本丸の庭園は1896年に作庭された、芝生と植樹を中心とした回遊式の庭園です。
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本丸庭園は明治天皇(めいじてんのう)の指示により作庭されたと言われています。
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天守閣跡*:The foundation of a Castle tower*

本丸庭園には二条城の天守閣跡があり、現在は展望台になっています。
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天守閣跡の展望台からは、本丸御殿が一望できます。
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西北土蔵(重要文化財)*:Northwest storehouse(Important cultural property)*

こちらが江戸時代1603年頃に建てられた、重要文化財西北土蔵(せいほくどぞう)です。
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西南土蔵(重要文化財)*:Southwest storehouse(Important cultural property)*

こちらが江戸時代1603年頃に建てられた、重要文化財西南土蔵(せいなんどぞう)です。
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南中仕切門(重要文化財)*:Minaminakajikiri-mon Gate(Important cultural property)*

こちらが重要文化財南中仕切門(みなみなかじきりもん)です。
徳川家康が築城した部分と、徳川家光によって増築された部分を仕切る役割を果たしています。
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北中仕切門(重要文化財)*:Kitanakajikiri-mon Gate(Important cultural property)*

こちらが重要文化財北中仕切門(きたなかじきりもん)です。
南中仕切門と同じく、徳川家康が築城した部分と、徳川家光によって増築された部分を仕切る役割を果たしています。
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鳴子門(重要文化財)*:Naruko-mon Gate(Important cultural property)*

こちらが江戸時代1603年頃に建てられた、重要文化財鳴子門(なるこもん)です。
桃山門と対になっており、本丸に続く通路の北側に位置しています。
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桃山門(重要文化財)*:Momoyama-mon Gate(Important cultural property)*

こちらが江戸時代1603年頃に建てられた、重要文化財桃山門(ももやまもん)です。
鳴子門と対になっており、本丸に続く通路の南側に位置しています。
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清流園:Seiryu-en Garden

清流園(せいりゅうえん)はお城の北側にある、1965年に完成した新しい庭園です。
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池泉回遊式の和風庭園と、芝生を主とした洋風庭園に分かれています。
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二条城が創建された当初は、この場所に天守閣があったそうです。
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香雲亭:Koun-tei

こちらが清流園の中にある、茶室の香雲亭(こううんてい)です。
1965年に京都の豪商であった角倉了以(すみのくらりょうい)の屋敷を移築した建物です。
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和楽庵:Waraku-an

こちらが清流園の中にある、茶室の和楽庵(わらくあん)です。
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和楽庵は喫茶店になっており、お茶を飲みながら庭園を眺めることが出来ます。
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加茂七石:Kamo Nanaishi(Kamo’s seven stones)

和楽庵の横には加茂七石(かもなないし)が置かれています。
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加茂七石とは、古くから京都の加茂川近辺で採れる7種の名石の事です。
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展示・収蔵館:Museum

展示・収蔵館では二の丸御殿に飾られていた障壁画などの本物を見ることが出来ます。(入場料別途100円。)
(二の丸御殿内部にはレプリカが飾られています。)
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6.二条城の写真一覧

■Flickr:Photo of Nijo Castle (Nijo-jo) (20170112)

Photo of Nijo Castle (Nijo-jo) (20170112)

7.二条城の御朱印

二条城は寺社仏閣ではありませんが、2016年7月から御朱印を頂けるようになりました。(300円。)
(二条城では、御朱印ではなくあくまで記念スタンプとしての位置づけとの事です。)
墨書きはずばり「元離宮 二条城(もとりきゅう にじょうじょう)」です。
この御朱印は大休憩所で頂くことが出来ます。
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豪華な御朱印帳も販売されていました。(1,900円)
二の丸御殿、松鶴の間の障壁画がデザインされていますね。
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8.二条城の行き方・アクセス方法

二条城への行き方・アクセス方法は以下の通りです。

二条城の最寄り駅は「京都市営地下鉄東西線 二条城前駅」です。
(京都駅、阪急河原町駅、京阪祇園四条駅からバスで行くことも出来ます。)

  乗換え案内

■大阪駅→二条城前駅のルート例
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■なんば駅→二条城前駅のルート例
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■京都駅→二条城前駅のルート例
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■京都市営地下鉄東西線 二条城前駅から徒歩で行く場合

徒歩約3分(100m)、駅の目の前です。
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■JR京都駅前からバスに乗車する場合

  バス乗換え案内

■[乗り場B1]

[時刻表]9系統

バス会社:京都市バス
行先・系統:9系統[二条城・西賀茂車庫行き]
乗車バス停:京都駅前[乗り場B1]
降車バス停:二条城前
運賃:230円
所要時間:約15分

■[乗り場B2]

[時刻表]50系統

バス会社:京都市バス
行先・系統:50系統[立命館大学行き]
乗車バス停:京都駅前[乗り場B2]
降車バス停:二条城前
運賃:230円
所要時間:約15分

[時刻表]101系統

バス会社:京都市バス
行先・系統:101系統[二条城・北野天満宮・金閣寺行き]
乗車バス停:京都駅前[乗り場B2]
降車バス停:二条城前
運賃:230円
所要時間:約19分

■阪急河原町駅からバスに乗車する場合

  バス乗換え案内

[時刻表]12系統

バス会社:京都市バス
行先・系統:12系統[金閣寺・立命館大学行き]
乗車バス停:四条河原町[乗り場D西行き]
降車バス停:二条城前
運賃:230円
所要時間:約12分

■京阪祇園四条駅からバスに乗車する場合

  バス乗換え案内

[時刻表]12系統

バス会社:京都市バス
行先・系統:12系統[金閣寺・立命館大学行き]
乗車バス停:四条京阪前[乗り場B]
降車バス停:二条城前
運賃:230円
所要時間:約12分

■タクシーで行く場合

京都駅から:1,410円 ~ 1,760円(約15分)
祇園四条駅から:1,250円 ~ 1,440円 (約12分)

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9.二条城周辺のホテル検索・予約

いかがでしたか?

是非一度足を運んで見て下さい!!

それでは楽しい旅を!( *´艸`)

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