臨済宗大徳寺派の大本山である大徳寺(だいとくじ)は、京都市北区にある寺院です。

歴史的価値の高い国宝や重要文化財の建物、寺宝を数多く持つ寺院で、ミシュラングリーンガイド★★★にも登録されています。

現在24もの塔頭(たっちゅう)がある大徳寺は、日本でも有数の規模と大きさを誇る禅寺の一つ!

鎌倉時代末期の1315年に、大燈国師の二つ名で知られる宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)により創建されました。

あの「一休さん」のモデルにもなった一休宗純(いっきゅうそうじゅん)をはじめ、数々の名僧を輩出した寺院でもあります。

そんな大徳寺の見どころは「一直線に連なる、国宝や重要文化財の大伽藍」!

歴史的価値の高い大伽藍が立ち並ぶ境内の光景は、まさに圧巻の一言です。

今回はそんな大徳寺を訪れてみました。


大徳寺の歴史

では、まずはじめに大徳寺の歴史を一緒に見て行きましょう!


大徳寺は鎌倉時代末期の1315年、大燈国師の二つ名で知られる宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)により創建されました。

当時の禅僧における第一人者で、妙心寺の開山として有名な関山慧玄(かんざんえげん)の師匠でもある人物です。

また、時の権力者であった花園天皇や後醍醐天皇からも厚い信頼を受けていた大物の仏僧でした。


さて、京都の禅寺の格付けで良く耳にする京都五山(きょうとござん)という言葉。

この大徳寺は、日本有数の規模を誇る禅寺にも関わらずこの京都五山に入っていません。

ちなみに、弟子がおこした妙心寺も同様に入っていないんです。

なぜでしょうか?

それは、先述した「後醍醐天皇から厚い信頼を得ていた」というのが理由の一つです。


元々、この大徳寺は懇意にしていた後醍醐天皇より「この大徳寺は京都五山の各寺院よりも上位に位置するんだぞ!」というお触れをもらっていました。

しかしその後、後醍醐天皇が敷いた建武の新政(けんむのしんせい)はあえなく崩壊し、足利尊氏(あしかがたかうじ)による室町幕府が新たに禅宗の寺院を統括することとなりました。

結果、その後の禅寺の格付けは室町幕府歴代将軍の好みにより決定されていきました。

この時代の禅寺は、何とも政治的な匂いがぷんぷんする話に巻き込まれていたんですね。


そんな中、大徳寺さんはこう宣言しました。

「そんな寺院ランキング、将軍さまが勝手に決めただけですやん。」

「それって、禅の修行には全く意味のないもんでっしゃろ?」

「てことで私らはランキングから抜けて修行に没頭しますさかい、後は勝手にどうぞ。」

と宣言しちゃったんですねー。

当然大徳寺と同じ流れであった妙心寺もこれに続いたため、両寺院とも禅寺の格付けがなされていないんですね。

てことで同じ臨済宗の寺院でも、京都五山(五山十刹)の寺院を「叢林(そうりん)」、大徳寺派や妙心寺派の寺院をは「林下/山林派(りんか/さんりんは)」などと区別して呼んだりもします。


その後、室町時代に起こった応仁の乱で、大徳寺は一度荒廃します。

その危機を救ったのが、「一休さん」のモデルになった一休宗純(いっきゅうそうじゅん)

この一休さんのパトロンをしていた堺の商人が援助することにより、大徳寺は見事復活しました。


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安土桃山時代には、豊臣秀吉が織田信長を弔うため境内に総見院(そうけんいん)を建立するほどになりました。

この総見院は今でも大徳寺の境内にあり、特別拝観期間に内部を見ることができますよ。


また、大徳寺は千利休(せんのりきゅう)の切腹騒動が起こった場所としても有名ですね。

当時の大徳寺は茶の湯やその文化人とも交流が深く、利休からも山門の修復の折に多額の寄付をもらったそうです。

感謝した大徳寺は、山門の上に利休の木像を安置しましたが、豊臣秀吉が大徳寺に参拝する際に像の存在を知って一言。

「おい、なんで一番偉い俺が利休の像の下を通るんや?なめとんのか?」

「もう怒ったで!利休に切腹させろや!」

といういちゃもんのせいで、利休は切腹する羽目になりましたとさ。(諸説あり)

その舞台となったのが、このお寺の山門なんですね。

その後は、江戸幕府や明治政府の神仏分離令上知令などで規模をいくぶん縮小するも、大伽藍や塔頭寺院を保持しながら現在に至ります。

教訓:「どの時代も、権力持ちすぎた人や組織って怖い。」

おしまい。

大徳寺について

大徳寺の境内はいつでも参拝可能ですが、本坊(国宝の方丈や庭園)は通常非公開です!

「特別拝観期間」にのみ一般公開されますので、訪問前に特別拝観情報を確認しましょう!

*以下記載の拝観料などは「2019年冬の特別拝観」の情報を参考にしています。

京都の特別拝観情報

お寺のWebサイト

お寺の詳細

住所:〒603-8231 京都市北区紫野大徳寺町53
連絡先:075-491-0019
創建:1315年
開基:宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)
宗派:臨済宗(りんざいしゅう)
本尊:釈迦如来(しゃかにょらい)

拝観時間(本坊の特別拝観)

10:00~16:00

拝観料(本坊の特別拝観)

大人 600円
子供 300円

その他注意点

・写真/動画撮影可能な場所や一脚/三脚の利用可否は、必ず係員に確認しましょう。

・神社やお寺の正式な参拝方法は以下の記事を参考にしてください。


では次に、大徳寺の見どころを訪問時の写真を参考に振り返ってみたいと思います!


大徳寺の見どころ

*のついている見どころは有料エリアです。

勅使門(重要文化財)

大伽藍の列の一番南側に位置するのが、この勅使門(ちょくしもん)です。

元々は皇居の南門だった建物で、後水尾天皇より下賜されたんだとか。

江戸時代の1640年(寛永17年)に、現在の場所に移築されました。

三門(重要文化財)

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大徳寺の三門(さんもん)は上下二層構造で、寺院の建築としては珍しい朱塗りの建物です!

下層部分は室町時代の1526年(大永6年)、上層部分は千利休の寄進により安土桃山時代の1589年(天正17年)に完成しました。

千利休はこの三門に金毛閣(きんもうかく)と名付けました。

金毛閣には、「衆生を導く立派な禅師」という意味があるんだそうです。

(三解脱門(空門・無相門・無作門=三つの解脱)を表すこの三門を通り抜けたら、あなた方も「金毛の獅子=立派な禅師」となって、人を救う側の人間になりましょう!とのいわれ。)

上層部には千利休の木像が安置されており、これが遠因で千利休切腹事件が起こった事でも有名ですね!

仏殿(重要文化財)

創建当初の仏殿(ぶつでん)は、残念ながら応仁の乱で焼失。

現在の建物は、江戸時代の1665年(寛文5年)に京都の豪商・那波常有(なわ じょうゆう)の寄進により再建されたものです。

内部には、ご本尊の釈迦如来(しゃかにょらい)が鎮座します。

法堂(重要文化財)*

法堂(はっとう)も、創建当初の建物は残念ながら応仁の乱で焼失しています。

現在の建物は、江戸時代の1636年(寛永13年)に小田原城主であった稲葉氏(いなばし)により再建されたもの。

天井には狩野派を代表する絵師、狩野探幽(かのうたんゆう)により描かれた巨大な雲龍図がありますよ!

庫裏(重要文化財)*

庫裏(くり)は、江戸時代の1636年(寛永13年)頃の建立です。

この庫裏の奥に国宝の方丈や唐門、方丈庭園などが広がっており、本坊が限定公開される際はこの庫裏から入場します。

方丈(国宝)*
方丈庭園(特別名勝)*

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方丈(ほうじょう)は、江戸時代の1635年(寛永12年)の建立と伝えられます。

内部には加納探幽(かのうたんゆう)筆の障壁画が納められています。

方丈前庭(ほうじょうまえにわ)は白砂の枯山水庭園で、大徳寺の169世/天祐紹杲(てんゆうしょうこう)による作庭です。

(写真撮影不可のため、画像はパンフレットより拝借しています。)

唐門(国宝)*

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唐門(からもん)は、現在は方丈前庭の南側に配置されている門です。

元々は豊臣秀吉が建立した聚楽第(じゅらくだい)の門の一つで、明治時代の後期に現在の場所に移築されたました。

実は国宝に指定されている唐門は日本に3つあり、その全てが京都にあります。

その一つがこの大徳寺の唐門で、西本願寺(にしほんがんじ)と豊国神社(とよくにじんじゃ)の唐門とあわせて、「国宝三唐門」「桃山の三唐門」などと呼ばれたりもします。

(写真撮影不可のため、画像はパンフレットより拝借しています。)

鐘楼(重要文化財)*

鐘楼(しょうろう)は、安土桃山時代の1583年(天正11年)の建立と伝えられています。

塔頭寺院

大徳寺には、現在24もの塔頭寺院があります。

その中で、常時拝観可能な寺院は「龍源院」「瑞峯院」「高桐院」「大仙院」の4か所です。

その他の寺院は、期間限定で公開される場合があります!

各塔頭寺院の訪問記事をまとめてみましたのでご参考までに。

常時拝観可能な寺院

期間限定公開の寺院

大徳寺の動画


大徳寺の写真

Daitoku-ji Temple (Kita Ward, Kyoto):大徳寺(京都市北区)

大徳寺の御朱印

大徳寺の御朱印の文字は、後醍醐天皇より下賜されたお寺の別名である「本朝無双禅苑(ほんちょうむそうのぜんえん)」です。

御朱印は、特別公開時に庫裏の入り口で頂きました。


大徳寺への行き方/アクセス方法

大徳寺の最寄り駅は「京都市営地下鉄烏丸線 北大路駅」です。

徒歩約25分(約1.3km)あるので、北大路駅からバスかタクシーの利用をおすすめします。

また、京都駅からバスで行くことも出来ます。


大阪駅からのルート例(電車)

乗換え案内サイト

①JR京都線で「大阪駅」から「京都駅」へ行き、京都市営地下鉄烏丸線に乗り換え。

②京都市営地下鉄烏丸線で「京都駅」から「北大路駅」へ。

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なんば駅からのルート例(電車)

乗換え案内サイト

①大阪メトロ御堂筋線で「なんば駅」から「梅田駅」へ行き、JR京都線に乗り換え。

②JR京都線で「大阪駅」から「京都駅」へ行き、京都市営地下鉄烏丸線に乗り換え。

③京都市営地下鉄烏丸線で「京都駅」から「北大路駅」へ。

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京都駅からのルート例(電車)

乗換え案内サイト

①京都市営地下鉄烏丸線で「京都駅」から「北大路駅」へ。

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■北大路駅からの徒歩ルート例

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徒歩約25分(約1.3km)あるので、バスかタクシーの利用をおすすめします。


北大路駅からバスで行く場合

乗換え案内(バス)

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「北大路駅バスターミナル乗り場G」から京都市バス「204系統」か「206系統」に乗車、「大徳寺前」で下車。

バス会社:京都市バス
行先・系統:204系統[金閣寺・円町行き] or [高野・銀閣寺行き]
乗車バス停:北大路バスターミナル[乗り場G]
降車バス停:大徳寺前
運賃:230円
所要時間:約5分

[時刻表]204系統[金閣寺・円町行き]

[時刻表]204系統[高野・銀閣寺行き]


バス会社:京都市バス
行先・系統:206系統[京都駅行き] or [清水寺・京都駅行き]
乗車バス停:北大路バスターミナル[乗り場G]
降車バス停:大徳寺前
運賃:230円
所要時間:約5分

■[時刻表]206系統[京都駅行き]

■[時刻表]206系統[清水寺・京都駅行き]


京都駅からバスで行く場合

乗換え案内(バス)

「京都駅前 乗り場A3」から「京都市バス206系統」に乗車、「大徳寺前」で下車。

バス会社:京都市バス
行先・系統:206系統[大徳寺・北大路バスターミナル行き]
乗車バス停:京都駅前[乗り場A3]
降車バス停:大徳寺前
運賃:230円
所要時間:約35分

[時刻表]206系統[大徳寺・北大路バスターミナル行き]


タクシーを使う場合

京都駅から:約3,000 (約20)

祇園四条駅から:約2,800円(約20分)

・タクシー運転手に行き先を告げたい場合

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・タクシーを呼びたい場合

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[タクシー配車連絡先: 京都駅周辺]

大徳寺周辺のホテル検索/予約

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いかがでしたか?

それでは楽しい旅を!