京都のお寺:「知恩院」の見どころと行き方

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知恩院(ちおんいん)は、京都市東山区にある浄土宗(じょうどしゅう)の寺院です。

正式名称は「華頂山知恩教院大谷寺(かちょうざんちおんきょういんおおたにでら)」と言うとても長い名前なんですよ。
京都在住の方々からは「ちおんいんさん」って気軽に呼ばれていますね。(○´艸`)

このお寺は、日本の仏教の最大派閥の一つである浄土宗総本山!!
浄土宗の開祖である法然(ほうねん)が、「念仏の教え=専修念仏(せんしゅうねんぶつ)」を説いた場所なので、「お念仏のふるさと」とも言われています。

また、日本史の一時代を築いた「徳川将軍家」とも深い繋がりがあった、とても歴史的価値の高いお寺でもあるんですねー。
(知恩院は「ミシュラングリーンガイド★」にも指定されています。)

「念仏のなんたるかを知りたければ、”念仏のふるさと”である知恩院へ!!」

今回はそんな知恩院を訪ねてきました。

*いつも広告クリックありがとうございます。サイト運営の励みになります。

Contents:

  1. 浄土宗と浄土真宗の違い
  2. 知恩院の歴史を知ろう!!
  3. 知恩院について
  4. 春の夜間ライトアップ”京都・東山花灯路”
  5. 参拝の注意点
  6. 知恩院の七不思議
  7. 知恩院の見どころ
  8. 知恩院の写真一覧
  9. 知恩院の御朱印
  10. 知恩院の行き方・アクセス方法
  11. 知恩院周辺のホテル検索・予約

1.浄土宗と浄土真宗の違い

*一部分かりやすくするために創作的な表現をしており、宗派の教義とは異なる場合があるので悪しからず・・・。

日本の仏教には沢山の宗派があります。
今回紹介する知恩院は「浄土宗」です。

簡単な違いや特徴については、以下の記事を参考にして下さい。

中でもややこしいのが「浄土宗(じょうどしゅう)」と「浄土宗(じょうどしんしゅう)」。
まるで「大阪」と「新大阪」みたいな違いの名前ですね・・・。

この二つの宗派は何が違うんでしょうか?

まず浄土宗について。

浄土宗は、法然(ほうねん)1175年に開いた仏教の宗派です。

法然の教えは「専修念仏(せんしゅうねんぶつ)」と呼ばれており、単純明快です。

「阿弥陀如来に”南無阿弥陀仏”をいつも唱える努力をすれば、誰でも死後に救われる。以上。」

法然<「なんや、仏教ってめんどくさい修行とか勉強とか大変やで。」
法然<「こんなんやったら、救われる人とかちょっとしかおらんで。それおかしない??」
法然<「ていうか、修行した奴だけ救うとか、そもそも仏さまの慈悲ってそんなちっちゃくないで。」
法然<「自己満足の修行とか勉強するよりも、仏さまを信じる念仏を唱えてれば誰でも救われるんとちゃう??せやろ??」
法然<「けど、ちゃんと日々念仏を唱える努力は怠ったらあかんで!!」

はい、浄土宗では「念仏」を日々欠かさず唱える努力をすれば、誰でも死後は救われるんですねー。

まとめるとこんな感じですかね。

浄土宗の救い=「自力本願(念仏を唱える努力)」+「他力本願(仏さまの慈悲)」

続いて浄土真宗について。

浄土真宗は、法然の弟子であった親鸞(しんらん)1224年に開いた仏教の宗派です。
浄土真宗は、浄土宗から派生した宗派なんですね。

親鸞の教えは浄土宗の教えをさらに簡単にしたもので、「一念往生(いちねんおうじょう)」と言われています。

「阿弥陀如来は生きとし生けるもの全てをすぐに救ってくれる。以上。」

親鸞<「法然先生の教えをもっと簡単にして世に広めるわ!!」
親鸞<「仏さまの慈悲は無限大なんやで!!一回でも救われたいと思えば誰でも(たとえ悪人でも)救ってくださるで!!」
親鸞<「そんな仏様を信じて、感謝をこめて念仏を唱えようや。頼むで!!」

はい、浄土真宗では、救われたいと思った時点で誰でも救われちゃうんです。

まとめるとこんな感じですかね。

浄土宗の救い=「他力本願(仏さまの慈悲)」だけ。

基本的にどちらも同じ「念仏」を唱えることを中心としています。
が、浄土宗の念仏は「救いを求めるため」、浄土真宗の念仏は「救われることへの感謝のため」という違いがあります。

浄土宗の念仏:「仏様!!助けてくださいお願いします!!」
浄土真宗の念仏:「仏様!!助けてくれて有難うございます!!」

まぁいずれにせよ、この二つの宗派の「念仏」という考えは、特別の修行や場所が必要なく誰でも実践できるため、昔から人気なんですねー。
だからこそ、その他の宗派からは「邪教」扱いされて迫害されてきた歴史もあるんですよ。

日蓮宗(にちれんしゅう)の開祖である日蓮(にちれん)は、浄土宗を「念仏無間(ねんぶつむげん)」と言って非難していました。

日蓮<「念仏唱えるだけで極楽行けるとかアホちゃうか??そんな奴ら無間地獄(むげんじごく)に落ちるわ!!」

また、修行を重んじ、当時とても過激だった延暦寺(えんりゃくじ)からも迫害を受けました。
その結果、法然は後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)から島流しの刑をうけたりもしています。

延暦寺<「修行なくして仏教とか語るなや!!アホか!!ちょっと後鳥羽上皇にいいつけたろ!!」
後鳥羽上皇<「ほっほっほっ。なんやめんどくさいから法然ってやつは島流しどすえ。念仏唱えるのも禁止どすえ。」
法然<「まーじーっすかー。」

仏教もなんだかどろどろしてたんですね・・・

2.知恩院の歴史を知ろう!!

知恩院の紹介をする前に、ちょっとこのお寺についての歴史を勉強をしてみましょう。
そうすることで、より一層楽しめると思います。(○´艸`)

*一部分かりやすくするために創作的な表現をしており、史実とは異なる場合があるので悪しからず・・・。

知恩院は、1175年平安時代(へいあんじだい)に、浄土宗(じょうどしゅう)の開祖である法然(ほうねん)によって建てられました。
(この1175年は、浄土宗が生まれた年でもあります。)

このお寺は、法然が自らの教えである「念仏の教え」を説き、晩年を過ごしたお寺です。
だから「お念仏のふるさと」とも言われているんですね。

また、京都に数ある寺院の中でも有数の規模を誇る寺院でもあります。
が、創設当初はそれほど大きなお寺ではありませんでした。

では、なぜこれほど大きなお寺に成り得たのでしょうか?

その理由は二つあります。

一つ目の理由は、かの有名な「徳川将軍家」が浄土宗の宗徒であったこと。
(徳川家は、代々この浄土宗を信仰していました。)

そのため、1608年ごろから、徳川家康によってお寺の勢力がどんどん拡大されていきました。
このお寺の発展には江戸幕府が大きく関わっていたんですね。

徳川家<「三河の武士は体育会系やから難しい宗教は分からへんねん!!せやから分かりやすい浄土宗を信仰してるんや!!」
徳川家<「ちょ、京都にある浄土宗の総本山ちっちゃくね??ちょっと拡大したろか!!」

二つ目の理由は、このお寺が京都の高台に位置していたこと。

知恩院は京都の高台に位置しているため、朝廷の中心であった京都御所を見下ろすことが出来ました。

昔から、幕府と朝廷って権力争いばっかりしてて仲が悪かったんですよね。
そのため、江戸幕府は朝廷をけん制するためにこのお寺を拡大した、という訳です。

徳川家<「朝廷とか貴族とかお高くとまってて嫌な感じやわー。」
徳川家<「あいつら戦争の実力とか無いくせに権力だけは持ちたがるからかなわんわー。」
徳川家<「せや、あいつらの住居(京都御所)を監視できる知恩院を発展させて嫌がらせしたろ!!」
朝廷<「毎日山の上から監視されてるわ・・・。脳筋バカの集まりのくせして嫌やわほんま・・・。」

てな訳で、知恩院は徳川家ととっても深い繋がりがある寺院です。
だから徳川家の家紋である三葉葵をお寺のシンボルマークとして使ってたりもするんですよ。

そんなこんなで、知恩院は現在のような立派な寺院になりましたとさ。

教訓:「お寺の規模が大きいのにはそれなりの大人の事情がある。」

おしまい。

3.知恩院について

知恩院(ちおんいん)は、京都府京都市東山区にある浄土宗総本山の寺院。山号は華頂山(かちょうざん)。詳名は華頂山知恩教院大谷寺(かちょうざん ちおんきょういん おおたにでら)。本尊は法然上人像(本堂)および阿弥陀如来(阿弥陀堂)、開基(創立者)は法然である。
引用(citation):https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E6%81%A9%E9%99%A2

開門時間:9:00~16:30
参拝料(方丈庭園):400円(高校生以上), 200円(小・中学生)
参拝料(友禅苑):300円(高校生以上), 150円(小・中学生)
参拝料(共通券):500円(高校生以上), 250円(小・中学生)

住所:〒605-8686 京都市東山区林下町400
連絡先:075-531-2111
創建:1175年
開基:法然(ほうねん)
宗派:浄土宗(じょうどしゅう)
ご本尊:法然上人像、阿弥陀如来(あみだにょらい)

知恩院(ちおんいん)は、京都市東山区にある浄土宗(じょうどしゅう)の寺院です。
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このお寺は、日本の仏教の最大派閥の一つである浄土宗総本山です。
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浄土宗の開祖である法然(ほうねん)が、「念仏の教え=専修念仏(せんしゅうねんぶつ)」を説いた場所なので、「お念仏のふるさと」とも言われています。
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知恩院は、徳川家と深い繋がりがあるので、徳川家の家紋である「三葉葵」がお寺のシンボルマークとして使われています。
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このお寺は京都の高台に位置しており、朝廷を監視する役割があったため、境内にはお城のような石垣が沢山組まれています。
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徳川将軍家ゆかりのお寺だけあって、境内はとても広く、大きな建物が沢山ありますよ!!
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それでは知恩院の見どころを見ていきましょう!!
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4.春の夜間ライトアップ”京都・東山花灯路”

知恩院は、毎年春(3月上旬)に開催される夜間ライトアップイベント「京都・東山花灯路」の会場になります。
とても幻想的なライトアップイベントですので、春に知恩院に行く際は是非夜に訪れて見て下さい。

↓京都・東山花灯路の訪問記事はこちら↓

5.参拝の注意点

・建物の内部の写真撮影は禁止です。

・神社やお寺の正式な参拝方法は以下の記事を参考にしてみてください。

6.知恩院の七不思議

知恩院には古くから伝わる「知恩院の七不思議」があります。

七不思議の場所は、そのほとんどが写真撮影禁止なので、以下のサイトを参考にしてみてくださいね!!

7.知恩院の見どころ

「*印」のついている見どころは有料エリアです。(This seal (*) is a pay area.)

新門:Shin-mon gate

こちらが新門(しんもん)です。
南側の参道「知恩院道」の入口に建てられています。
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古門:Furu-mon gate

こちらが古門(ふるもん)です。
北側の参道「華頂通」の入口に建てられています。
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三門(国宝):San-mon gate (National treasure)

こちらが江戸時代1621年に、江戸幕府二代将軍、徳川秀忠(とくがわひでただ)によって建立された、三門(さんもん)です。
この三門は、国宝に指定されており、日本三大門の一つにも数えられている名門です。
(日本三大門の残りの二つは、「南禅寺(京都府)の三門」と「久遠寺(山梨県)の三門」です。)
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楼上には山号である「華頂山(かちょうざん)」の額が掲げられています。
この額は、第112代天皇の霊元天皇(れいげんてんのう)の筆と言われています。
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黒門:Kuro-mon gate

こちらが黒門(くろもん)です。
その名の通り、真っ黒な色の門ですね。
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南門:Minami-mon gate (South gate)

こちらが円山公園(まるやまこうえん)からの入口に当たる、南門(みなみもん)です。
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北門:Kita-mon gate (North gate)

こちらが黒門側からの入口にあたる、北門(きたもん)です。
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四脚門:Shikyaku-mon gate

こちらが境内を東西に分けている、四脚門(しきゃくもん)です。
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武家門:Buke-mon gate

こちらが集会堂(しゅうえどう)の入口にあたる、武家門(ぶけもん)です。
有料で拝観できる、方丈や方丈庭園の入口でもあります。
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唐門(重要文化財)*:Kara-mon gate (important cultural property)*

こちらが江戸時代前期の1641年に建てられた、重要文化財唐門(からもん)です。
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唐門は御影堂(みえいどう)の北側に建てられています。
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御影堂(国宝):Miei-do hall (National treasure)

こちらが国宝御影堂(みえいどう)です・・・が、残念ながら2019年まで修理のため見ることが出来ません・・・!!
この「御影堂」は、浄土宗を開いた法然(ほうねん)を祀るお堂で、江戸時代1639年、江戸幕府三代将軍、徳川家光(とくがわいえみつ)によって再建されました。
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阿弥陀堂:Amida-do hall

こちらがご本尊の阿弥陀如来(あみだにょらい)が祀られている、阿弥陀堂(あみだどう)です。
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阿弥陀堂は、明治時代1910年に再建された比較的新しい建物です。
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●霊塔(多宝塔): Rei-to pagoda

こちらが霊塔(多宝塔)です。
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真葛庵:Makuzu-an (Tea House)

こちらは、茶室の真葛庵(まくずあん)です。月に一度の茶席の際に開かれ、普段は非公開です。
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寶佛殿:Hobutsu-den hall (New charnel house)

こちらが1992年に建てられた、納骨堂の役割を持つ寶佛殿(ほうぶつでん)です。
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知恩院には納骨堂が二つあり、こちらは新しい納骨堂です。
この建物には、阿弥陀如来(あみだにょらい)四天王(してんのう)が祀られています。
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納骨堂:Nokotsu-do hall (Old charnel house)

こちらが1930年に建てられた、古いほうの納骨堂(のうこつどう)です。
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大鐘楼(重要文化財):Daishoro (Great bell tower) (important cultural property)

こちらが江戸時代中期の1678年に建てられた、重要文化財大鐘楼(だいしょうろう)です。
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この鐘楼に吊られている鐘は、日本三大梵鐘の一つにも数えられている名鐘です。
(日本三大梵鐘の残りの二つは、「方広寺(京都府)の梵鐘」と「東大寺(奈良県)の梵鐘」です。)
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経蔵(重要文化財):Kyozo (sutra repository) (important cultural property)

こちらが江戸時代前期の1621年に建てられた、重要文化財経蔵(きょうぞう)です。
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経蔵とは、仏教の経典である「一切経(いっさいきょう)」を納めるためのお堂です。
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写経塔:Shakyo-to pagoda

こちらが書写された写経を納める、写経塔(しゃきょうとう)です。
(知恩院で写経を体験したい方はこちらをクリックしてください。)
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勢至堂(重要文化財):Seishi-do hall (important cultural property)

知恩院の境内の上段部分は、法然御廟(ごびょう)=お墓になっています。
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長い階段を登っていくと・・・、
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御廟の入口が見えてきます。
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こちらが室町時代後期の1530年に再建された、重要文化財勢至堂(せいしどう)です。
知恩院に現存する建物の中で、最も古い建物です。
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建立当時は、この建物が本堂(御影堂)の役割を持っており、法然が臨終を迎えた場所でもあります。
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紫雲水:Shiun-sui

勢至堂のそばの湧き水は、「紫雲水(しうんすい)」と呼ばれています。
法然が臨終を迎えた際に、紫の雲がこの水面に映ったとされることから、こう呼ばれています。
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法然上人御廟:Gobyo (Honen’s Mausoleum) 

こちらは御廟の前面にある拝殿(はいでん)です。江戸時代1710年に建てられました。
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御廟は拝殿の奥にあります。
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こちらが江戸時代1613年に建てられた、法然御廟(ごびょう)です。
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御廟は、境内と京都市内を一望できる、境内の中でも一番高い場所に建てられています。
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集会堂(重要文化財):Shue-do hall (important cultural property)

こちらが江戸時代前期の1635年に建てられた、重要文化財集会堂(しゅうえどう)です。
御影堂の修復工事期間中は、こちらが本堂の役割を果たしています。
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新玄関:Shin-genkan

こちらが、大庫裏の入口の役割を持つ新玄関(しんげんかん)です。
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大庫裏(重要文化財)*:O-kuri (important cultural property)*

こちらが江戸時代前期の1641年頃に建てられた、重要文化財大庫裏(おおくり)です。
この建物は「雪香殿(せっこうでん)」とも呼ばれています。
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小庫裏(重要文化財)*:Sho-kuri (important cultural property)*

こちらが江戸時代前期の1641年頃に建てられた、重要文化財庫裏(しょうくり)です。
この建物は「月光殿(げっこうでん)」とも呼ばれています。
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大方丈(重要文化財)*:O-hojo (important cultural property)*

こちらが江戸時代前期の1641年に建てられた、重要文化財大方丈(おおほうじょう)です。
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大方丈の室内には、狩野派(かのうは)によって描かれた豪華な襖絵や障壁画があります。
(大方丈は謁見の場としての役割があったため、内部は豪華な造りになっています。)
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小方丈(重要文化財)*:Ko-hojo (important cultural property)*

こちらが江戸時代前期の1641年に建てられた、重要文化財小方丈(こほうじょう)です。
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小方丈の室内には、狩野派(かのうは)によって描かれた水墨画があります。
(小方丈は邸宅としての役割があったため、内部は落ち着いた造りになっています。)
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方丈庭園*:Hojo garden*

知恩院の方丈庭園は、池泉回遊式の庭園になっています。
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この庭園は江戸時代初期に、かの有名な小堀遠州(こぼりえんしゅう)とも縁があった僧玉淵(そうぎょくえん)によって作庭されました。
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こちらは、このお寺が所有する国宝の「二十五菩薩来迎図」をもとにデザインされた、通称「二十五菩薩の庭」です。
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天台宗の名僧であった慈円(じえん)が座禅を組んだとされている「慈鎮石(じちんせき)」。
天台宗浄土宗は敵対関係でしたが、慈円は島流しにされた法然が京都に戻ってきた際に温かく迎え入れた、徳の高い方だそうです。
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こちらは徳川幕府三代将軍 徳川家光(とくがわいえみつ)が植樹したとされる「御手植の松(おてうえのまつ)」です。現在は三代目です。
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権現堂*:Gongen-do hall*

権現堂は、方丈庭園の一番奥にあります。
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こちらが1974年に建てられた、権現堂(ごんげんどう)です。
徳川幕府初代将軍・徳川家康、二代目・秀忠、三代目・家光の位牌が安置されています。
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8.知恩院の写真一覧

■Flickr:知恩院:Chion-in(20160131)

知恩院:Chion-in(20160131)

9.知恩院の御朱印

知恩院には3種類の御朱印があります。
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今回私は主流である「法然上人(ほうねんしょうにん)」の御朱印を頂きました。
御朱印は朱印所で頂くことができます。(300円)
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10.知恩院の行き方・アクセス方法

知恩院への行き方・アクセス方法は以下の通りです。

知恩院の最寄り駅は「京阪 祇園四条駅」若しくは「阪急河原町駅」です。
(「京都駅」、「阪急 河原町駅」、「京阪 三条駅」からバスで行くことも出来ます。)

  乗換え案内

■ルート例(大阪駅→京阪 祇園四条駅)
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■ルート例(なんば駅→京阪 祇園四条駅)
higashi-otani-mantoue-23-jp

■ルート例(京都駅→京阪 祇園四条駅)
yasakajinja-48-jp

■京阪 祇園四条駅から徒歩で行く場合

徒歩約20分(1km)です。
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■京都駅からバスに乗車する場合

  バス乗換え案内

[時刻表]206系統

バス会社:京都市バス
行先・系統:206系統[祇園・北大路バスターミナル行き]
乗車バス停:京都駅前[乗り場D2]
降車バス停:知恩院前
運賃:230円
所要時間:約23分

■阪急 河原町駅からバスに乗車する場合

  バス乗換え案内

[時刻表]46系統

バス会社:京都市バス
行先・系統:46系統[祇園・平安神宮行き]
乗車バス停:四条河原町[乗り場E東行き]
降車バス停:知恩院前
運賃:230円
所要時間:約7分

[時刻表]203系統

バス会社:京都市バス
行先・系統:203系統[熊野・銀閣寺行き]
乗車バス停:四条河原町[乗り場E東行き]
降車バス停:知恩院前
運賃:230円
所要時間:約7分

■京阪 三条駅からバスに乗車する場合

  バス乗換え案内

[時刻表]12系統

バス会社:京都市バス
行先・系統:12系統[金閣寺・立命館大学行き]
乗車バス停:三条京阪前[乗り場D]
降車バス停:知恩院前
運賃:230円
所要時間:約5分

■タクシーで行く場合

京都駅から:1,650円 ~ 2,000円(約10分)
京阪 祇園四条駅から:690円 ~ 800円(約3分)

■タクシー運転手に行き先を告げたい場合
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■タクシーを呼びたい場合
taxi-call

[タクシー配車連絡先(Phone number of taxi dispatch) : 京都駅周辺]

11.知恩院周辺のホテル検索・予約

いかがでしたか?

是非一度足を運んで見て下さい!!

それでは楽しい旅を!( *´艸`)

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